【盤外戦術その3】得意戦法を持つ…のではなく出現局面を限定する

毎週土曜日、といいつつ早速前回の土曜日は違うネタをやりましたが、三が日最後に振替対応しております、本コーナー。かなり適当、しかし実体験に則しているので楽してR点をあげる、実力は付かないがテストには合格する、という本道を歩まない、裏口入学系の禁断の果実。というと大げさですが。

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将棋の強さを示す指標は色々あると思うが、プロアマ問わず、昇段規定が示すとおり「安定感」と「爆発力」をもって、実力の多寡を図れると、私は考えている。

将棋倶楽部24などのR戦においても同じで、安定的に勝つことが出来なければ、格下に取りこぼすようではR点は上がらないし、R点の算出式を上回る期待勝率を格上に対して発揮できれば、R点は上がっていく。

将棋の上達においてよく言われるのは「得意戦法を持つ」ということだが、ある程度のレベルになると大抵ひとつやふたつ、得意な形を持っているもの。しかし、取りこぼす人は取りこぼす。何故か?それはその得意戦法の出現率が影響している。

例えば横歩取り△4五角の達人です、という場合や相掛かりの先手番の専門家、相矢倉の▲3七銀戦法の先手番のスペシャリストです、という場合、それらの出現可能性は恐らく低い。先後の確率でまず50%、そこから更に幾つかの戦法に分かれるので出現率が10%もあれば良い方ではないだろうか。

なので、将棋の上達に必要なのは、「得意戦法を持つ」ことではなく「出現頻度の多い戦法において得意の形を持つ」ことである。手っ取り早いのは振り飛車で、極端な話、どこの筋に振るか、相手が振り飛車党の時にどうするか?だけ決めればそれで戦型固定出来てしまう。

女流棋士に振り飛車党が多いのは、その勉強量と恐らく相関しており、振り飛車党であれば突き抜けられるが、居飛車党の場合、勉強するべき戦法が多すぎて突き抜けられない、ということだと考えている。

手っ取り早くは振り飛車党になるべきで、居飛車党になるのであれば、前述の話を念頭において、広い選択肢の中で出現局面を限定させることを念頭に置くべきだ。

極端な終盤型でないかぎり、序盤の形が毎回違うというのは、経験値の蓄積がないので上達しにくい。或いは成績が安定しない。将棋の上達というのはつまり、この形になれば五割以上勝てる、という形を幾つもてるか?に掛かっている。

自身の定められた序盤の手順の全てにおいて、そういう局面を全て用意できれば、それは即ち成績が青天井である、ということになる。(勿論途中で絶対的な終盤力の違いで超えられない壁というのが、何度か・何度も出てくる訳だが)。

よって、繰り返しにはなるが、10割勝てるが出現率の低い得意戦法を1つもつよりは、5割5分勝てる戦型を沢山持つ方が良いのだ。そもそも二人でやる勝負なので期待勝率が5割であると割りきって中盤まで互角に、無難に乗り越えられる戦型をどの序盤においても一揃い持つほうが近道なのだろう。

よく町道場の万年初段?三段ぐらいのおじいさんで毎回同じ戦法を使う(主に石田流や四間飛車穴熊、最近は中飛車も多い)方がいらっしゃるが、あれも戦術的には立派な考え方である、ということだ。(毎回同じ戦法を指していて面白いかどうかは別として)。

ざっくり言って、指す将棋の7-8割ぐらいが知っている形になる、という状況になると最低でも有段者になれる、有段者である、という気がする。

次回は、第一回・第二回&今回に続く内容。「自身の用いる戦法」と「将棋全体としての出現頻度」という話。だいたい想像がつくと思いますが…。



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(2011/01/25)
浦野 真彦

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【盤外戦術その2】受けの力を養う 加来博洋アマ・糸谷哲郎プロの中盤力

クリスマスの土曜日の朝7時から将棋の話をアップする将棋観戦記へようこそ!メリー・クリスマス!…色々な意味で寒いですね。

土曜日は放談。将棋の本道本質からかけ離れた盤外戦術について色々と語ることにしています。先週分はあまり評判が良くなかったみたいなので、今週も肩肘張らずに緩めに行きます(笑)。

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将棋は逆転のゲーム、というのはよく言わるが人によって逆転しやすい人、されやすい人、というのがあると思う。私の場合は優勢なのは大抵そのまま勝ち切り逆転負けは殆ど無く、逆転はやや多いほうだ。

その理由は、用いる作戦にある。最近の有名な人としては加来アマが居る。あの方の将棋はもし優勢に序盤でなればそのまま押し切るし、もしなれなければ粘って逆転待ち、というタイプ。

要はやや作戦勝ちしにくい作戦を採用している、ということだろう。

元から不利、苦戦することの覚悟が出来ているので、腹を据えて粘ることが出来る。対穴熊では絶対に相穴熊にせずに、地下鉄飛車など明らかに薄い玉で立ち向かう時には、焦ることなく粛々とこの戦型における彼我の経験値の差を頼みに戦うと相手が勝手に転んでくれたりする。

将棋は逆転のゲームであり、100点の手を指すのはアマには難しいが、?100点の手を指さないのはある程度の訓練で可能だ。

或いは相手の明らかな狙いを潰す、というのも慣れると簡単であることに気づく。攻め合うと負けそうだが、攻め合うしかないというケースも勿論あるのだが、攻め合うと確実に負ける、負けを早める、というケースも多い。

私は先攻出来るときは先攻するが、相手に先攻された場合には受けに回ることが多く、大山流で切らせて勝つことも少なくない。特に対振り飛車穴熊では右玉からの姿焼きは好きな戦い方の一つだ。(現実的には姿焼きで投げる人はすくなく、無残な投了図を晒してくれることも多いが)。

アマではある程度の棋力にならない限り、攻めの力と守りの力にばらつきがあるケースが多く、居飛車・振り飛車問わず、主に攻めよりも受けのほうが不得意な人が多いように思う。

受けの力をつける最も簡単な方法は何度か書いているが「短手数の詰将棋の本を逆さまにして読む」ことだ。これは本当に受けの力を養ってくれるのでおすすめする。

恐らく受けの下手な人は「受けのデフレスパイラル」に陥っている。受けが下手だから一遍に受け損なって負けるので受けの経験値が貯まらないのではないか。

詰将棋は勉強することはあっても詰まされ将棋を勉強する人は少ない。終盤になり、まず自陣の詰みから読むようになればまずは成功だろう。

合わせて受けを強いられる将棋をたまには指してみる、というのもいいかもしれない。先日ブログへのコメントとして穴熊と右玉を交互に指す…というような話をされていた方がいらしたが、それもバランスという意味で効果的かもしれない。

受けの詰まされ将棋をやると、何故か攻めとしての詰将棋と同様に攻めにも役に立つ。攻めの詰将棋は受けのほうに目を向かせないのが不思議なのだが、そういう傾向にあるように思うがどうだろうか?

ある程度受けになれると、実戦的にはしょうがないしょうがないと受けていると相手が勝手に転んでくれることが出てくる。そこに相手の心理状態への読みを織り交ぜると立派な盤外戦術としての受けになる。

最近の例ではやはり加来アマの将棋が挙げられる。「将棋世界 2011年 01月号 [雑誌]」に西川和宏プロの自戦記として大逆転が記されているが、優勢なはずの将棋がおかしくなっていく際の心理状態の揺れがリアルに描かれている。

受けに余裕が出てくると、負けて当然、厳密には受けきれないというのが分かってくるので逆に冷静になれる。相手は勝って当然、優勢だから勝たなければいけないというプレッシャーが掛かる。

加来アマの将棋の感想コメントを見ていると、非常に冷静にご自身の劣勢をみて、そして優勢なはずの相手よりも攻めの手が見えている。

中盤のねじり合いで常に劣勢を強いられる戦型を用いるがゆえに、その劣勢を跳ね返して互角の終盤に持ち込むための中盤力を有する。その中盤力を支えているのが受けの力、受けを読む量なのだと思う。

プロではやはり糸谷哲郎プロが似たような剛力を備えている。どちらも右玉の使い手で中段玉、入玉模様での玉の性能を活かした指し回しが上手い。終盤は鋭く、読みは深い。

定形の囲いを用いると相手の攻め筋も類型化されているので攻防も比較的よくある手筋が絡まざるを得ないのだが、力戦調の中段玉にはそういうケースが少ないのも、その人の棋風を独特なものに仕上げつつ、中盤力を養っている理由かもしれない。

受けの詰将棋(さかさま詰将棋)には1手・3手ぐらいがちょうど良い。長手数ではじめて挫折するよりは短手数で沢山やるほうが良いと思う。

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【盤外戦術その1】本道と脇道 ?無意味な変化で相手の動揺を誘え!?

私は将棋の真理を極めたいわけでもないし、トーナメントアマとして修羅の道をあゆむわけでもなく、単に愉しみとして、趣味として将棋を指したいと考えている。

勿論勝てば嬉しいが、勝つための将棋は指すつもりはなく、楽しく指して楽しく勝ちたい。そうなると朝から晩まで穴熊を指す、とかそういうことはしたくない。また、知識としての最新定跡は常にフォローしていくが、厳密な手順としての最新定跡を追い続けるのも、流石にシンドイ。

というわけで私は、いくつかの特定の定跡周辺の脇道で戦うことになる。そういう脇道が脇道である所以というものが当然あるわけで、ひとことで言うとメインストリームと比べて何かしらのデメリットがある。

なので、ある程度の知識がある人間に、その道で戦うつもりだということを知られるのは勝負上の精神的な優位を与えるのであまり宜しくない。できれば「得体の知れない」状態でたまたまその道に入り込んだと思わせたい。

私はそういう脇道を幾つか、居飛車・振り飛車、角交換・非交換の四象限において持っている。手順としてストレートにそれらの道を選択するのは前述のとおり、あまり好ましくない。よって「最新定跡」あるいは「メインストリームの定跡」に進むと思わせて別の道に進む。

蛇足までに記すと、脇道というのはハメ手、ではない。ハメ手というのは正確に受けられるとすぐに行き止まりになってしまう道なので「定跡の脇道」というよりは「定跡の袋小路」であるといえよう。

上記の説明で、分かる人には分かると思うのだが、イマイチぴんとこない方のために幾つか例をあげてみる。


【本道と脇道の考え方(棒銀フェイクの早繰り銀を例として)】
棒銀フェイクの早繰り銀というのは私の造語なので正確には別の言い方がプロの間、トッププロの間では流通していると思うが、具体的には以下のような図のことを示している。

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この将棋は棒銀と見せて後手が端を受けたのでそれでは、ということで三筋から攻める、という将棋で厳密には早繰り銀ではないのだが、もし途中で早繰り銀と同じように進んだ場合、ストレートに早繰り銀を目指した場合と比較して端の一手分、先手は得をすることになる。

よってプロ将棋では素直に銀交換に至る早繰り銀とは異なる展開をこの後に見せるのだが、アマでは素直に交換を許すケースがある程度以上のレベルに成らない限りは、ありうると思う。

この場合、プロ将棋の状況は「脇道だった(本道は棒銀だった)のが、銀交換にならない、端での銀香交換では上手くいかないために脇道だったはずの三筋攻撃が本道になった」ということになる。

アマの級位者で、もし普通の早繰り銀との違いに気づかずに銀交換を許す場合は、「早繰り銀の本定跡の脇道(端の一手分後手が損している)を後手が選んだ」ということになる。

これが本道と脇道の考え方。


【無意味な変化で動揺を誘うとは?】

上記の場合は本道と脇道の行き先が全く別になるわけだが、定跡によっては、途中で合流するケースがある。

そして、その合流する手前に別々の本道があり、銀をこっちにあがれば急戦の確率が90%、こっちにあがれば持久戦の確率が50%、という分かれ目から、どちらを選んでも同一の変化に合流することが出来ることがある。

もし私が持久戦志向の場合、上記の例でいえば急戦の率が高い手順を選び、途中で持久戦に合流する。ボクシングでいえば、フェイント、のようなものだ。

このフェイントにも当然弱点があり、一つは相手が強すぎる場合はフェイントであることに気づかれること。もうひとつは相手が鈍感だと気づかないこと。この場合、両者は反応としては真逆だが、選択される対応としてはほぼ同じ結果になるのでタチが悪い。

ボクシングで亀田三兄弟の何番目かと日本人の世界チャンピオンが戦ったとき、「あいつはフェイントに引っかからないから、なかなか凄いよ」と褒めていたが、実はフェイントに気付かなかっただけだった、というのと同じことである。

私が変な将棋で必敗から幻惑して逆転する将棋であることと、そういう味をもつ棋士の将棋が好きなことは、この辺の人間と人間の戦いの楽しさ、によるものだと考えている。

来週は、逆転の極意(どっかで聞いたタイトルですが…)についての私の考え方。を書こうと思っているが変わるかもしれない。


どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?―現代将棋と進化の物語どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?―現代将棋と進化の物語
(2010/11/25)
梅田望夫

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うちのブログ経由でそこそこ売れている本。人によると思いますが、Numberとかロッキンオンとかを楽しく読める人であれば、楽しく読めると思います。

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