一手損戦法とは何か? 第60回NHK杯将棋トーナメント ▲羽生善治vs△糸谷哲郎

自宅勤務による実家帰省前後の繁忙でアップしていたつもりが忘れていたので遅ればせながら…。

結論から書くと、二年連続同一カードによる決勝は羽生善治の勝利となり、三連覇を達成した。通算での9回優勝は大山康晴名人を超えて単独一位の記録である。

糸谷哲郎プロの今後の活躍には一手損という戦法の成立にかかっている、といって差し支え無いだろう。そしてこのNHK杯における戦いぶりは、今後の行く末を示した。

決勝までの対局において、一局を除いて後手番、全て一手損で臨んだわけだが、激しい展開を目指した相手に対しては有効に機能した。決勝の羽生戦については、序盤の駒組において、落ち着いた展開を目指され、組みあがったところでは勝ちにくい状況だったと思う。

終盤は粘っていたものの、超一流を相手にすると流石に間違えない。間違ってくれれば、という状況から相手が間違わないと勝てない将棋だった。

早指し将棋で、相手も間違いやすい下地はあるわけで、そういう意味では激しい展開になればなるほど、形勢の振れ幅が大きく、糸谷ペースなのだろう。

本能的とも言える、羽生善治NHK杯の、相手のペースではなく自身のペースで戦う試合巧者ぶりが発揮されていたように思う。

この一手損相早繰り銀という戦法は、どうなのだろうか。先手の▲6八玉という手の、具体的な咎める手段があるか?という問いから生まれた作戦だろう。ただし、一手損、かつ居玉、かつ端歩の一手、ということを考えると本局のようにスローダウンされてしまうと、そして後手の手に乗って築城されるとだいぶ先手のほうが手が進んだ印象があり、もしかすると一旦封印されるかもしれない。

決勝以外は時間を大量に余しての勝利だったが、決勝の羽生戦だけは少し遠慮があったようにも見えなくもないし、単純に苦しくなって早くさせなくなっていたともいえる。

この相早繰り銀を用いるということはそれなりの研究があって実戦投入していると思うのだが、このように手に乗って築城されることはどの程度想定されていたのだろうか?

組み上がりは作戦負けと思われるが、なんらか主張点があったのかどうか。

この一手損が通用しないとなると、後手番戦術が途端に恐ろしく狭くなるので、何としても頑張ってほしいと思う一方で、活躍のためには羽生善治が後手番で最近用いないという事実を踏まえてどうするか?というところも考えて欲しいとも思われ、悩ましいところだ。

39手。序盤に潜む必殺の罠 第60回NHK杯準決勝第2局 ▲糸谷哲郎vs△丸山忠久

序盤型、終盤型という言葉がある。しかし最近では、終盤が強いだけではトップになれないどころか、プロになれない。糸谷将棋の面白さはどこにあるか?というと、その特徴的な序盤の作戦が魅力のひとつであることは間違いない。

初期においては、少しそれを意識しすぎたところもあったが、最近の一手損後手番や、この先手番の横歩取らずには、他が追随できあい、理解しきれていないオリジナリティがある。

第60回NHK杯準決勝第2局 ▲糸谷哲郎vs△丸山忠久

戦型は横歩取りならぬ横歩取らずとなった。序盤の細かい手順すら戦術に凝る人間には面白い。

似たような将棋は先日のC2、そして対渡辺明戦で見た記憶があるなあと思い、たどってみたが、先後逆だった…。

#ShogiLive 渡辺-糸谷 6手 △8四歩 この序盤は面白いなあ。飛車先不突きの一手損と思ったら、という。 浮き飛車に引き飛車というメリットがありつつ。

横歩取りではないところ、に目線をおいていることだけは確かなようだ。

この作戦の意図は、角道を開いた同士であれば、先手にとってつまらない後手の変化がない、というのがまずあるように思う。あとは攻撃力の違いと飛車への当たりの違い。

横歩をとればとったで危ないし、浮き飛車も流れ弾に当たりやすい。先手は横歩さえ取らなければ、垂れ歩がないので、将来的に中原囲いの堅陣に組み上げることも可能だ。(3四の歩を取ると、3七や3八に垂らされる手がある。)


本譜は、後手が横歩を取った!

そして22手目の△8六飛。用意の一着ではなかったように思うが、糸谷得意の早指しのペースに巻き込まれている印象がある。

こういう将棋を指す人間というのは真っ先に研究するのがこういう一番過激な順。過激な順で潰れていれば意味が無いからだ。(糸谷流右玉を愛用する私も、糸谷流においても超急戦的な想定手順を持っている。)

将棋は29手目の▲9五角で終わった。一目打つなら▲7五角。それを防いでの△5二玉だったので盲点になっていたということもあるだろう。異筋であることは間違いない。しかし丸山忠久ほどの男であれば、平常心でいれば、順位戦であれば、絶対に犯すことのないミスだ。

名人位を獲った男に誤らせるというのも才能のひとつだろう。しかも丸山忠久である。私は丸山忠久糸谷哲郎は来期タイトル挑戦まであると見ている。その私にとっての双璧同士の戦いで、まさか39手で終わると思ってもみなかった。

この日は偶然、久しぶりにNHK杯をテレビで見たのだが、そういう日に、こういう組み合わせでこんな結末になるとは…。

決め手は35手目の▲2八飛打ち。

こういう自陣飛車が糸谷将棋の味でもある。そして居玉を厭わないのはトレードマークと言ってもいいだろう。居玉の将棋というのは無理をしているものなので、勝ちきるのは大変であり、そういう将棋を主戦場にしている男が七割勝っているというのは、兄弟子の山崎隆之プロの力戦で七割というのと同じように恐ろしいことだ。

この将棋でトップにどこまで通用するのか?と楽しみだが、決勝の羽生善治名人戦で、是非勝ち切って欲しい。戦型は後手番であれば一手損、先手番であればこの引き飛車でお願いしたいと考えている。


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第60回NHK杯準決勝第1局 羽生善治vs渡辺明

羽生善治という棋士との対戦成績で、大量に対局数があり、尚且つ互角どころか勝ち越しているのは渡辺明だけ。

その事実だけでも十分に渡辺明の偉大さが分かるというものである。対羽生世代三強とのタイトル戦での互角以上の戦績というのも渡辺明だけ。

二手目△8四歩で秘術の限りを尽くし、トップクラス居飛車党の先手番と対峙しているのも渡辺明だけだ。

本局はやはり△8四歩から相矢倉となった。

第60回NHK杯準決勝第1局 羽生善治vs渡辺明

戦型は最近流行りの藤井流ではなく、いわゆる最新型とされている最も総力戦となる、見ていて楽しい部類の矢倉になった。

54手目△3七銀で、先手の攻めを押さえて後手が面白いかもしれないという見解までは知っている将棋で、先手番で用いたからには羽生善治名人には何らかのアイディアがあるはずで注目した。

羽生善治名人はこの手に対して下に引くことが多い。3筋の攻めに効かせなければ話にならないと見ているのだろう。

66手目の△2四銀ぐらいまでは必然、その後も先手の攻めが延々と続く。何が悪いのか分からないが、先手の攻めが続いていることだけは理解して進めてみると、なんとそのまま後手の投了となってしまった。

先手陣は手付かず、後手の8四の飛車と攻めの桂馬が8一に居るのがなんとも寂しげだ。2五の成銀も1五の香車も邪魔駒と化している。

飛車を取らせて桂馬を取りきるか、飛車の横利きを三段目か二段目に利かせるような構想が必要だったのかもしれない。

この形の相矢倉の後手番△3七銀は優秀という認識だったが、本譜を思うと相当に覚悟のいる戦い方のようだ。これで羽生善治名人は驚きの三期連続の決勝進出、優勝すると驚きの三連覇となる…。

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非中座飛車 第60回NHK杯準々決勝第4局 丸山忠久vs三浦弘行

後手が三浦弘行プロということで横歩取りに進むが中座飛車ではなかった。

第60回NHK杯準々決勝第4局 丸山忠久vs三浦弘行

ここ最近8四飛車型を用いている三浦弘行プロ。どういう心境の変化だろうか。しかも本譜は浮いた歩を狙うために更に8五の位置に移動するものだったのでますますよく分からない。

69手目、先手が7七の地点に歩で蓋をした局面ではおそらく先手が後手の手を殺しきったのではないかと思う。後はここから先手は後手の桂馬を取り切って勝ち、という。

ゆっくりするとじり貧になる後手の三浦弘行プロが先攻する。76手目の角桂交換から後手の攻撃が始まる。先手は余して勝ち、という楽な展開なのかと思ったのだが、▲1八銀が気持ち悪いのでそれほど形勢が離れているわけではない。

95手目の竜を作ったあたりでは先手が良いのではないかと思う。端に遊ぶ駒は双方あるものの、玉形が大差だ。

111手目で王手金取りが決まり流石に勝勢。しかし、どこまで行っても一手違いとは良く言ったもので本局も一手違いの勝負だった。

アマとしてはすれすれな勝負にみえるがもしかするとA級棋士同士の中ではある程度先手が指せる状態が延々と続いていたようにも思われる。

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三浦弘行プロが最近中座飛車を用いないのはどういう理由なのか?というのは気になる。特に一手損中座飛車にはまだ面白みがあるとおもうのだが使わないというのは関西若手棋士との研究における何か、が理由なのだろうか。


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最新の8五飛戦法 (プロ最前線シリーズ)

トップクラスの相穴熊 2011年02月20日第60回NHK杯準々決勝第三局 ▲羽生善治-△佐藤康光

NHK杯でもやはりベスト8には強いところが残り、ほとんどがA級の面々という恐ろしい状況に。

準々決勝でこのゴールデンカードが実現し、戦型はゴキゲン中飛車からの相穴熊となった。

2011年02月20日第60回NHK杯準々決勝第三局 ▲羽生善治-△佐藤康光

43手目の場面で先手は穴熊が完成、後手は桂馬を2五ではあるがとりあえず捌きつつ一歩得を果たした。後手の懸案は左金の運用だろうか。

この戦型の勘所は通常の穴熊よりも分かりにくく、この場面でも正確には何らかの形勢の傾きがあると思うものの、難しいところだ。強いて言えば、先手のほうが堅いので先手持ちだろうか。

61手目で相手の手に乗って先手が角金交換を決行する。このあたりでもやはり先手が指し易そうに見える。

遊んでいる飛車を取ってもらって、後手が取った飛車と4四の角を使って先手陣を攻め立てる間に先手も▲9三金とぶち込むイカツイ手で攻撃を続ける。このへんの双方足をとめての殴り合い、という風情の攻撃で、先手陣もかなり危なくなる。

82手目、先手玉に詰めろが掛かり、しかも相当受けにくそうに見える。しかしこれで勝ちと羽生善治名人が読みきっていた可能性があり、そう思うと羽生善治という棋士のことが恐ろしくなってくる。

王手ラッシュで決めるところまで決めてから、先手玉が9八玉と詰めろを逃れる。香車を引きつけてからの▲9六金!が玉の逃げ道を確保する犠打で、この手を読みきっていたということなのだと思うと、あの9三に金をぶち込むあたりではここまで読んでいたということになり、プロの将棋の奥深さに唸らされるばかりだ。

111手目で香車を取ったところでは既に先手が勝勢のような気がする。

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この将棋をみていると羽生の終盤術における穴熊戦のノウハウがそのまま出ているように私は感じましたが、羽生の終盤術をお持ちの他の方々の意見も聞きたいところだ。



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「将棋観戦記」というブログで、プロ棋士の将棋を観戦して思ったことを記しています。棋力はありませんが、将棋観戦の楽しさを一人でも多くの人に知ってもらい、「観る将棋ファン」を増やすために貢献できればと思います。主に順位戦速報・タイトル戦等、ネット中継されている将棋を中心に将棋観戦記を書いています。棋譜・符号はなるべく用いずに、将棋のルールが分からない人でも、将棋の勝負の面白みが伝わるように努力します。

基本的にはリアルタイムでの将棋観戦中に思ったことを書き溜めつつ、対局終了後の感想を付け加えて、将棋対局のあった翌日の朝7時頃にアップされるように将棋観戦記を予約投稿しています。「一日一観戦記」をモットーにしているので、同日にネット中継が重なった場合は、対局の重要度を個人的に評価して観戦記の投稿日を調整しています。

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