矢倉の楽しみ方 第60回NHK杯1回戦第3局 ▲屋敷伸之九段-△吉田正和四段

第60回NHK杯1回戦第3局
先手:屋敷伸之九段
後手:吉田正和四段

遅ればせながらの極みではあるが、先週のNHK杯の感想を記す。(今週分はなるべく早く書きたいと思います)。

先手の屋敷プロはタイトル獲得経験もある中堅の実力者。若手の頃は相掛かり等の軽快な将棋を得意としており、奇想天外な手を繰り出すことから何がでるか分からないという意味で、忍者屋敷とかお化け屋敷などと言われていた。最近は先手では矢倉をよく指している印象だ。性格はとても温厚で寡黙な印象があるが、解説などをすると良い声で丁寧なコメントを発してくれる。ただし、その温厚さ故に形勢判断において若干の歯切れの悪さがないとはいえない。解説のタイプとしては丸山ニコニコ流に通じるものがあるかもしれない。

後手の吉田四段は、小さい頃からその才能を買われていたが、アマチュアが長くアマ名人を取ってから奨励会入りした。三段リーグでは初参加から連続で次点を2回取り、フリークラス入りをした。昨年度の成績は23戦13勝10敗(0.565)というもので、フリークラスからC2に上がるための成績規定に到達するのはまだしばらく掛かりそうな印象だ。アマチュア時代、特に名人戦の舞台では振り飛車を指していたが、居飛車を全く指さないわけではないと思っていたが、最近では居飛車のほうが多いのだろうか。

戦型は矢倉。しかも持久戦模様のじっくり囲いあう展開だ。私がNHK杯を見ない理由のひとつとしてこういう将棋がある。駒組み完了前に私の意識が水面下ならぬ睡眠下に沈むことが稀ではない。

指さない観る将棋ファンにとって、こういう将棋は序盤の細かい定跡に興味がなければ、戦いが始まるまではどちらかと言えば詰まらないのではないだろうか。水面下の駆け引きがあるのだが、専門的すぎてわからないというか。

そこで私のざっくりとした矢倉の楽しみ方を以下に記したいと思う。

矢倉であるということが判明してから、まず最初に私が注目するのは、急戦矢倉か本格的な総矢倉か?という点。矢倉におけるその分岐点は右金の動きにある。右金が攻撃的ミッドフィールダーになるか、ディフェンシブに振舞うか。サッカーと違いややこしいのは、最初から守備位置にいるわけではなく、初手からの手順というのは、いわば「試合開始前にフィールドに出て行くところからの動き」に近い。

右金が矢倉の定位置である43につくのかどうか。つくのであれば総矢倉を志向しているのだろうし、志向しているのであれば、右金の動きが早めに出るはずだ。攻撃的に振舞うのであれば、右金は43の地点には向かわない。飛車の弱点であるコビンをカバーするように右側で使われるか、或いは将来の飛車交換を可能にするように一段金のまま据えられるだろう。どちらの場合においても、右金の動きは手順的に優先されない。

本譜は、18手目の52金でじっくりした展開である可能性が高まり、玉を囲うための31角と43に金を配置するための44歩で確定したイメージ。

じっくりした展開になった場合、後手の対策は大きくは攻め合う形と徹底防戦の2つに分かれる。どちらなのか?については、攻撃陣である角と右銀の運用に現れる。本譜は角が先手の攻め駒を責める(攻めに対して、相手の攻め駒を攻撃するときは責めという表現をされることが多い)位置に据えられ、右の銀が玉側にくっついていることから防戦態勢であることが分かる。

とはいえ、一生受けていると幸せは訪れないので、後手もどこかで主張点を残しておきたい。本局でいうと、その主張点の作り方が疑問だったかもしれない。個人的な印象だが、相矢倉で反撃を狙う場合や、対穴熊の際に、端歩の突き越しとその隣の筋(この場合は8筋)の両方を突き越す形は、反撃の味が悪いというか、遅いというか、指すのが難しいというか。8筋、9筋の両方でそれぞれ特有の手筋があるのだが、両方の位が相互に一方の手筋を殺してしまうので、手の幅が狭まるような気がしている。

なのでプロはいざ知らず、アマのある程度のレベルまでは8筋の位を取るならば、9筋は1歩進めるだけにし、9筋を突き越すのであれば、8筋は84で留めるほうが良いかもしれない。

本譜は先手だけ端歩を手持ちにして、しかも後手はかなりの屈服形。通常のプロ同士の対戦では先手が悪い道理はない。尤も、吉田プロはこういう手を昔からさしていたような気がする。交換した銀を平気で同じようなところに打ち付ける将棋だ。終盤力はあるのである程度のレベルまではマクれるが、屋敷プロクラスに対して通用するかどうか?という勝負になった。

51手目の98香がプロらしい手で、これにて先手良しとしたい局面だ。前述の8筋9筋のバランスの悪さを具体的に悪手にしにいっている、といえば良いか。通常、相矢倉における矢倉というのはそれほど堅くはない。単純に・物理的に深い、遠いというメリットがある。サンプルケースとして有名なのは前々期?のB1の渡辺-高橋戦というのがある。渡辺が矢倉穴熊に囲った将棋で、高橋の攻めの形は8筋が突き越し、9筋が94歩だったと思うが、△86歩、▲同歩として、垂れ歩と95桂馬の筋で先手をほぼ圧倒してしまった。(追記:ここは間違いでした。別の将棋で似たような筋が実現してなおかつ勝っているものがあるので、後ほど差し替えます。)

しかし本譜は両方の筋を突き越しているので、穴熊への攻めが遅い。堅くはない穴熊だが、深く遠く、そして攻めが遅いとなれば、攻め合いの速度において先手に利するものがあるとしたものだろう。

あとの手順はそれらを念頭において、厳密性はプロに任せて、手の純粋な感触と印象を味わえば良いと思う。屋敷プロという実力者をマクリきれたのか届かなかったのか?はNHKの将棋講座テキストにてご確認いただきたい。

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コンピュータの進化、そして定跡の進化、以前から、終盤型受難な展開はそれこそ10年以上前から現れているがここ最近は更にその傾向が強まっている印象がある。

上記NHK杯のテキストで良かったのは、谷川名人のコラムでしょう。一番のクライマックスシーンで、名人は選ばれるもの、という例のはなしについて、それぞれの選ばれたもの、選ばれざるもの、の描写が素晴らしかったです。
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