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電王戦のあとの新棋戦。

電王戦のあとの新棋戦が検討中とのこと。最終戦の後に告知される予定だったようにも思えるが、調整中(調整難航?)で結局は発表されなかった。

私としては何度も書いているが、通常の棋戦を新聞社以外のスポンサーで、というものを最も期待している。そこにうまくコンピュータソフトを絡めていくことで十分面白くできるのではないかなと。

電王戦FINALの終わり方がとても印象深い、議論を起こすようなものだったので、色々な意見があった。

将棋のニコ生番組というのは、終わった後の評価が高いことでも知られているが、その結果もまさに賛否両論というかんじで、最も低い評価が10%を超えていた(と同時に最高点をつけた評価が六割を超えていた)。

個人的には、自分が日常生活で負っているリスクとリターンの運用をそのまま相手の立場において考えた場合に、最強コンピュータvs最強棋士の対決を行うべし…とは言いにくいところがある。

私自身、それと同等のリスクを背負って生きていないからである。観客が無慈悲に望むそのイベントは、いわばテールリスクと呼ばれるようなものを孕んでいるものになるだろう。

そのような(ごくわずかだが発生するととても大きい)リスク(とごく僅かな)リターンを自覚的に負って生きているものだけがそれを要求するべきだ・・・とまでは言わないが、無責任な観客の立場と、そうではない立場の違いは(無責任な観客の立場を楽しみつつも)理解を示してもよいような気はする。あるいは、私としては僅かなリスクにふるえて生きている自分自身というものを自覚しておきたい。

(少なくとも、永瀬プロはやる意味は無いと明言しており、しかし受けざるを得ないということで受けている。羽生名人は、やるには長期間に渡る準備が必要だと、過去に発言している。その発言の意味・意図として、それだけの準備をして取り組みたいのだろう、と受け取る人もいるかもしれないが、私はそうは思わない)。

電王戦についての私の意見というか私のなかでの電王戦の存在意義は、第二回以降薄れていた。はじめは熱心にコメントを全文書き取りに近い形でメモしたりもしていたが、うかがい知る事実から類推できる状況をみて、ありていに言って徐々に覚めていったところがある。

そこについても、色々議論はあると思うが、私自身はそういう状況にある。それ前提での、電王戦のあとの新棋戦について少し希望を書いてみる。

繰り返しになるが、私は最強ソフトと最強棋士の対決を特に求めない。実現すれば勿論興味をもってみると思うし、ポナンザがキックスターター的なもの、クラウドファンディングを活用して募るのであればおそらくそれなりの金額を支払ったと思う。(メイウェザーvsパッキャオの対戦に1万円払っても良いという気持ちに近い)。

ただそれが出来ない前提でいうと、或いはそれを代償にして得られるべきものでいうと、プロ棋士同士によって競われる、通常の棋戦を川上会長には新設してほしい。

プロ棋戦は減少傾向にある。新設されたものほど継続されず、休止されている。新しいスポンサーで可能性を感じさせるのはこのニコ生を絡めたところしかない、というのが実情のような気がする。

通常棋戦だとしても、コンピュータソフトを絡めたイベントにはできるのではないか。私が希望するのは、プロ棋士の対局中にコンピュータソフトを複数動かして、検討中にその局面からコンピュータ同士に対局させる・・・というようなものである。

どういうことかというと、何らかの選手権で好成績を収めた上位n位までのソフトに対局を検討させる。従来通り、プロ棋士やアシスタントが解説をするのに合わせて複数のソフトがその対局を解析しているのが画面上に映しだされている・・・というイメージ。

勝負どころを迎えた時に、最も先手を評価しているソフトと、最も後手を評価しているソフトに対決させることで局面を進めてみる。或いはモンテカルロ風に、同時に沢山その局面から対局させてみて勝率をみてみる。そこから広がった分岐図を解説のプロ棋士が観て、プロとして感心する・納得できる・・・というような局面を取り上げて解説する・・というようなイメージ。(勝又プロがコンピュータ将棋選手権で行う解説があるがあれがイメージに近い)。

今も似たようなことが控室でプロ棋士による継ぎ盤という形で行われているが、その検討にコンピュータソフトを加えるというイメージだ。プロに勝ち越すぐらい、凌駕しているぐらいの棋力のソフトを参加させつつ、感覚ではなく数値として、デジタルに観客は理解することができるだろう。

最近スポーツ界などではスタッツといわれる、統計データが中継の中で観ることができる。あれに近い形のものを、タイトル戦においてももっとみせることができるのではないか。例えば、プロ棋戦の棋譜DBと局面を常にリアルタイムで同期させて、その局面の出現数と、過去勝敗が表示され続ける。

あわせて、その局面におけるトップソフト同士の対戦を多数繰り返し、そのプロ実践例との勝率の差異を見せる・・・というのも面白いかもしれない。勝率差異がある場合は、手順の違いによるものなのか(新手があるのか)、などもわかるだろう。

コンピュータと人間は競合するべきものではなく、協力するべきものなのだ、という言葉は繰り返し、プロ棋士側から語られる。

そこに建前感を覚える人たちがいるのも理解できる。白黒つけてない状態で、見た目上の体面・権威を保ちながら、協力するべきと言われても過去の発言と絡めて納得できません、という人たちだ。

勿論理解できるが、そこの白黒はひとまず置いておいて、最大限協力する場合にどういう形になるか?というのを考えてみるのはどうだろうか。この試みの結果、もしかすると白黒つけなくとも権威のようなものが剥がれ落ちる可能性もある。

ただし、少なくとも将棋の本質に近づくという意味では、バックギャモンなどの世界に起こったような技術革新が、将棋のなかでも起こるかもしれない。最強棋士が公衆の面前で負けることで起こるのと同じような権威の失墜が起こるかもしれないが、この場合は少なくとも一つの進展、進展といえなければ転換をみることができるはずだ。

羽生世代の大きな功績の一つとして、彼らが発見した定跡を秘匿することなく、開示したことが挙げられる。コンピュータソフトが発見した手順を新手として秘すのではなく、その探索過程から開示してしまう棋戦。より学術的なテイストを増すような棋戦。

近年出てくる新手をみると、コンピュータ将棋がその手助けをしている可能性があるものが少なくない。その過程を秘すことで小出しにするよりも、どんどん解析過程を開示することで見えてくる新しい世界があるのではないか。

そういうようなものができると面白いのではないか?と私は思います。
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