FC2ブログ

プロ棋士は香落ちの下手で…問題。

もはやかなり前の話みたいなもんだし、今更蒸し返すなよと言われそうだがどうしても気になってしまったので、こちらにも書くこととする。

最終局が終わった後のインタビューで、開発者の一人が、プロとコンピュータのここまでの対戦勝敗結果を踏まえると、これはコンピュータが香を落としてやるのが妥当な実力差があるのではないか、という発言を行った。

これを聞いて屈辱と思わずに、いや、まさにその通り!だよね~と思えたプロ棋士が居たら、それはプロを辞めるべきだとか言うつもりは全くないが、合理主義を超越した人だと思う。

棋界一の合理主義者である渡辺明はあの発言をどのような気持ちで聞いていたのか、中位以上はあると発言した谷川会長は、故米長前会長を正座させた佐藤康光はどう思ったのか、是非知りたいところである。

知りたすぎるので、是非、将棋世界の例のトッププロたちに質問するコーナーの設問として選択してほしい。田名後編集長にみんなから勇気を送るので、是非企画への無茶な指令として通して欲しい。

あの開発者の発言がここまで私の心を揺さぶったのは何故だろう?リアルタイムでみてた時には、割と冗談っぽく私はツイートしていたが、名人と戦って勝ちたいとか、そういう発言以上に動揺させられた。(名人と戦って勝ちたいとかはあまり揺れないのだが)。

あの開発者の言動の揺るぎなさは一体なんなのだろうか。いや、理論上は彼が正しい。対プロという意味ではここまでの結果が有意な絶対数を確保しているといえないかもしれないが、ポナンザの対人連勝数や、各種ソフトの将棋倶楽部24でのレーティングを見れば明らかなことだし、そしてあの開発者はそれを絶対としているのではなく、この結果がコンピュータとプロとの実力差を示しているのであれば、と仮定した上で論を展開してるのだ。なんらおかしな論理的な破綻は見られない。

にもかかわらず、その人の心を揺さぶる言動の安定感、揺るぎなさは本当に感心するところだと思う。

ここ最近、似たような意味で悪目立ちしているなぁと思ったのは、吉田プロである。アマ名人獲得後に奨励会に入り、プロになった人で、アマ名人戦の棒銀云々の発言を覚えている人も多いと思う。

あの発言もそうだったが、今回の将棋ファンを名乗る似非ファンの存在が云々…というツイートについても、なかなかに心の琴線に触れるものがあった。こんな線が私の心にあったのね…これがやおい穴にのね…みたい。違いますか、そうですか。

しかしなかなかの発言だった。なんというか、プロ棋士で中二病選手権を行えば、上位三位までにランクインすることは間違いなさそうなやさぐれっぷり。あ、大平さんも勿論ベストスリーに入りますけど。

IQ高めで奇人がそのまま大人になった様を愛でるというのが、観る将棋ファンというものの嗜みなのであればうってつけのサンプルかもしれませんが、それにしても完全なるチェスを読んでボビーフィッシャーの人となりを知った後では少し物足りない。インド人がひいひいいうようなカレーのあとの、カレーの王子様ぐらいに。もっと変人はいないのか!

このお二人の言動をみていて思ったのは、あ、あの開発者の方の話に戻すと、彼のところにはまた例によって怒ってしまった善良?な将棋ファン?が、プロ棋士をバカにするなとか、コメントを書きまくったんですかね?よくわからないですが、あったんでしょう。それに対して、彼はその論理的な破綻のなさ、整合している様をそういう人たちに理解させようと躍起になるわけです。

ここに至ってようやく私は彼の言動に対する違和感というか、何故ここまで心を揺さぶられる(勿論悪い意味で笑)のかという理由に思いあたりました。

たぶん彼は対人というか、人間というインターフェイスとの通信プロトコルにおいて少し違う見方をしている気がするんですよね。人間というインターフェイスは割とばらつきがあって、その中で彼のガワは相当特殊なタイプになると思います。中のマシンスペックを含めて。

で、彼はそのインターフェイス用の通信プロトコルしかどうやら持ち合わせていないようなんですよね。故になんというか、もっと劣ったソフトを搭載していて、もう少しエモーションに依拠したプロトコルを用いるタイプのインターフェイスしか持っていないところと、根本的な致命的な、通信障害を起こしてしまっている。

対コンピュータだったらすごく豊富な知識で通信しても通らないということがないであろう天才ではあるものの、人間というインターフェイスについてはちょっと疎いというか、ワンパターンの通信手段しか持ち合わせてないので、おそらくは毎回こういう通信障害的なことが今後も起き続けるのだと思います。

この話を何故長々としているかというと、ここは相当にこれから重要になるところだと私は思っているからです。プロ棋士の何に感動するのか、コンピュータに負けてもその価値がなんら損なわれるものではない、ということと、この人間というインターフェイスとの通信方式というのはとても密に関わっています。

シンプルには、技術というのは、技と術によって成り立っています。そしてどちらがどちらなのかよくわかりませんけれども、どちらかが、今、コンピュータに凌駕されようとしている訳です。

英語で言えば、アートとテクニックですね。テクニックではもはや…というところに来ている。そしてこれはプロ棋士だけのもんだではなく、我々(我々?笑)ホワイトカラー全体の共通した危機だと私は認識しています。

テクニックで凌駕されたあとに残るのはアートです。ここは、ほぼロボコップみたいなやねうら王の人をみてもわかるとおり、コンピュータには苦手な分野です。もしかすると、今世紀中はどうにか人間が逃げ切れるかもしれない。なので、ここを高めていく必要があると私は考えていて、自身の諸々の取り組みにおいては、そういう長期的な展望の上でがんばってます。

ただ、厄介なのは、アートというのは必ずテクニックの土台の上に成り立つものだと思います。そういう意味では、コンピュータ(将棋)の本当の脅威はこの土台のとんでもなく重厚なことかもしれません。

今でも将棋に限定して言えば、部分的な着手において、人間では思いつかない手を指すということが起きているわけで、それはまさにアートの世界なのです。

というわけでやねうら王の言動にいちいち怒ってる人は、超合理主義型のプロトコルに対応するべきだし、やねうら王さんも厄介ごとの性質を理解して、違うやり方覚えた方が良いと思います(笑)。





関連記事

コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)