コンピュータは将棋をどこに運ぼうとしているのか?

片上大輔プロのブログから少し引用。

世間への受け止められ方としては先週のインパクトのほうが大きいのだと思いますが、プロは将棋の内容を見ますので、今回のほうが衝撃が大きかったです。

ここまでの3局を観ていて、コンピュータは数年前にはすでに明らかだった弱点を克服しないまま、力技で強くなり続けているという印象を改めて強くしました。おそらく今後もそうなのだろうと、僕は予想しています(いました)。

今回の将棋の内容を受けて、プロの将棋もまたすこし変わってくる可能性を感じます。
ちょっと具体的に言うと、将棋の世界ではこれまで「マシンになる」訓練によって強くなるという発想は薄かったのですが、今後はそういう面が出て来ざるを得ないだろうと思うのですね。
それが進歩であればいいなと思います。

電王戦、名人戦、ほか




この中で特に印象に残るのは。

・コンピュータは数年前にはすでに明らかだった弱点を克服しないまま、力技で強くなり続けている
・将棋の世界ではこれまで「マシンになる」訓練によって強くなるという発想は薄かったのですが、今後はそういう面が出て来ざるを得ないだろう

この2つ。片上大輔プロは、将棋・バックギャモンをはじめとした複数のゲームにおいて(グランド)マスターレベルに精通しているので、他の業界?についても詳しい方です。その片上さんの発言としてこういうものが出てくるのはとても興味深い。

人間における将棋の実力の向上というのは詰将棋的な力が二十代前半までにピークを迎える。それに対して大局観というか経験で蓄積される能力(を安定的に発揮する力)は三十代のどこかでピークに到達する。そして、それぞれどこまで維持することができるか?というのがポイントである、という理解があった。

この年齢というのはその時代時代によって少しずつ変わっている(若年化している)が、人間の生理的な成長過程を思うと、終盤力がピークに到達するタイミングというのはこれ以上早めることはできない気はする。その一方で終盤力のピーク期間についてはトレーニングによって引き延ばすことはできるかもしれない。(これは最近のプロスポーツにおける寿命が伸びている例と似ている)。

一方で大局観は?というと、羽生世代が作った高速道路が優れているためにこちらも昔に比べると素早く高めていくことが可能となった。しかし、定跡の勉強会のような側面で、受験対策の名門塾という形で棋力の強化が図られているために、もしかすると未見の局面における判断力、高速道路ではなく荒野を行く性能としては相対的に細っている可能性・懸念がある…というのは、梅田望夫氏が羽生善治氏から引き出したものであり、再確認された気がする。


これは負けた二人がそういう意味で欠けているという意味ではない。逆に狭き門を抜けた精鋭ですら負けるコンピュータ将棋の強さというものが、定跡や大局観というところではなく、延々と久保利明プロが座右の銘としている「前後裁断」で取り組み続ける、負けない限り最前を尽くし続ける・・・というような奥を極めるということが将棋において重要なのではないか、ということを再認識させたという意味だ。

(現に、羽生世代やトッププロが未見・初見の局面においても正着を解答する、あるいはその当時の見解とは異なるより正しい方針を示せる…というのは、月刊誌将棋世界の連載コーナーで毎月、トッププロたちが証明しているところだ。)

船江恒平が感想として「最後に人間としての弱さが出た」というコメントを残しているが、これは彼の弱さではなく、文字通り人間の生き物としての性質・性能に基づく弱さ、がコンピュータ将棋との戦いにおいて浮彫になったということだろう。この弱さは完全に克服できるものではなく、生き物・人間としての限界に挑戦する作業・行為の連続、命を削り魂を込めて指すという人間の美しさを示すものだと思う。

人間がマシンとなって、精密機械のように一手のミスもなく指し続ける。卓球のスタイルでひたすらに拾いまくる、カットマン・chopperと呼ばれるスタイルにも近いというか。これは攻め手であっても受け手であっても同じ精神性が問われている気がする。そういう意味ではやはり大山康晴名人は偉大だったなと。将棋の現時点の・コンピュータ将棋との戦いを通じて示されている最新版の仮定というのが、もしかしたら大山康晴流の将棋哲学にあったかもしれないのだから。

そういう意味で言うと、やはり米長邦雄も偉大だ。米長邦雄の将棋というのは、まさにコンピュータ将棋のような序盤の歪みとその後の泥沼、そこから抜け出す剛腕にあったのだから。最後は力のあるものが勝つ、というのをそれぞれの哲学で示したのがこの二人だった。

「コンピュータ将棋が将棋を解明する?」というロマンがもし消え失せるとしたら。その時の将棋というのは、今、電王戦でコンピュータ将棋が見せているような、ある意味殺伐とした、双方がミスをしなければ永遠に戦いが続くような、最後にミスをしたほうが負け、致命的なミスが出るまでは最強の攻撃手と最強の防御で応酬しあう、というようなものなのだろうか。昔の牧歌的な序盤が失われたように、形式美や両者の同意の上での指定局面とかではなく、常に踏み込み、常に斬り合う、というような。

ちょうどこれを書いていて私が思い出したのはプロゲーマーの梅原大吾と、麻雀の桜井章一だった。この二人に似たような精神性の将棋を指す人ということでいえば、将棋界には幸運にも何人もいるように思う。姿勢としてオリない、常に向かっていく、というもの。

コンピュータ将棋の姿がある意味目指すべき方向性を示しているのであれば、将棋の場合は、シンプルなIQの高さによる終盤力をプロスポーツ選手のように科学的トレーニングでどこまでも維持し、理論としての定跡を学者のように体系的に最速で学び、圧倒的な実戦数でその実戦能力を高め続ける・・・という形になるのだろうか。

この想像から、すんなり二人の棋士の名前が頭に浮かんだ。東西の振り飛車の新鋭である、永瀬拓矢と、菅井竜也の二人である。この二人が、その超圧倒的な実戦量からイメージされたのだが、コンピュータ将棋との戦いにおいて示された未来の姿を、すでに先取りしている若手棋士がすでに棋界に存在していることに頼もしさを感じる。(ま、私が勝手に想像した未来の姿ですがw)。

コンピュータ将棋との戦いで人間が敗れても、その面白味は失われないだろう、というのは第一人者である羽生善治三冠もニコ生の川上会長との対談で語っている。まさにその通りで、つまらなくなるどころか、おもしろさが増している可能性がある。

もしこのコンピュータ将棋との戦いで何かを感じた若者が、その新しい取り組み方を実力に結び付けることができたら・・・その時にまた将棋界というのは変わっていくのだろう。その可能性の萌芽を、私は永瀬拓矢菅井竜也の将棋とその取組姿勢に感じる。


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