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米長邦雄「われ敗れたり」の感想の続き

一部、いただいたコメントを引用しつつの感想。(引用したコメントも、そうじゃないコメントもちゃんと読んでいます、本当にありがとうございました)。

米長会長は以前から日記等で似た趣旨の事書いているんですよね。
森下先生に指してもらったところ森下先生が負けた
(そう明記はしてなかったかも知れませんが、そうと分かる文章でした)とか
ボンクラーズとの対局前に会長自身が勝率3割ぐらいだと明かしたりとか。
だから、「ほとんどの棋士が負けた」と言われても、驚きは全く無いですね。
長時間であればプロが負けないかは私も懐疑的ですが、それでも五対五の価値は高いと思います。



米長邦雄のページにおいては、森下卓先生が負けたかどうか、まだ確定的ではない書き方だったと思います。少なくとも、文法的には勝ちも負けも確定はしていなかった。ということです。

また、米長邦雄氏は引退棋士なので、対局がつかなくなって久しい。よって、現役棋士との関係性においてはどちらが強いか(もっといえば米長邦雄氏がどのぐらい弱くなっているか)は分からないわけです。

例えば、とちぎ将棋祭りの席上対局において加藤一二三に勝利している。どちらも手を抜くタイプではないし、手を抜くような対戦相手でもない。とはいえ、席上対局なわけです。八百長のないといわれる将棋界ですが、席上対局(紙面対局だったかも?ようは非公式戦)であれば、羽生善治も清水市代に負けたことがあるわけです。

よって、米長邦雄が勝率三割でもまだ、平気だと思います。

5対5の価値については、以下にて。


対局を禁じたのはプロ棋士が負けるという事実を隠すためではなく、
コンピュータVSプロ棋士が商売になることを見越してだったのではないでしょうか。
だから別に勝ち負けについては書いても良かったんだと思います。



「対局を禁じたのはプロ棋士が負けるという事実を隠すためではなく、コンピュータVSプロ棋士が商売になることを見越して」だったわけです。それはその通りです。

そして、プロ棋士が非公式な場で、負けることを禁じた理由がそれだとすれば、対局の価値を棄損しないようにするための措置だったわけです。羽生なら7億?と日本将棋連盟が値付けしたわけです。

その価値を、あの記述が損ねていませんか?損ねていますよね?というのが私の主張です。「現役棋士の負けをにおわすこと(匂わせただけで勝ち負けは不明な話)」や「引退棋士の勝率が三割であるという事実」はぎりぎり許容範囲です。(私的にはこれすら、アホだと思いましたが)。

しかし、公に出版された書籍において、「現役棋士、タイトルホルダーを含むプロ棋士がほとんど負けた」と書いているわけです。これは本人の意見でもなく、仄めかしでもなく、事実として書かれているわけです。ご丁寧にタイトルホルダーがいた、二人いたと書いているわけです。

以下の記事から引用します。

次は私がコンピュータと対局します!

米長 実は先日、『週刊現代』の連載コラムで、次回以降コンピュータと対戦する棋士の対局料表を出したんです。羽生が七億八〇〇万円。清水市代など女流棋士なら七六七〇万円。その中に格安棋士がいると書いてあるんですよ。
梅田 誰なんですか? 
米長 元名人で現将棋連盟会長の米長邦雄なら一〇〇〇万円と。(笑)



上記の値付けが正当であり実現すると思うほど、私もウブではないのですが、コンピューター対プロ将棋棋士という対戦に何かしらの価値があった場合に、「公には勝負がついていないこと」がその価値の構成要素のひとつではないですか?という話。


その構成要素の中の重要なもののひとつであるという判断から、対局を禁じたのではないのか?と私は考えていたので、正直酷く驚いたし、ムカついたわけです。

私が将棋連盟の理事だった場合には、事前にそれを知れば止めるでしょう。それでも止まらなかった場合は、ムカついてそれこそ辞任するまであるなあ、と思ったわけです。(これは仄めかしであり、事実ではないです。勝手読みなので、ソースもなければ事実発生している事象との関連性はなんらありません。念のため。ただ、それぐらいのインパクトのある話として私はとらえました。)
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Tag : 米長邦雄 ボンクラーズ GPS将棋 ポナンザ 加藤一二三 羽生善治

コメント

No title

いつも楽しく拝見しております。飛び込みですがやはりこの件についてはやや過剰反応ではないかという気がしますので、失礼を承知でコメントいたします。

ご自身でも席上対局については「羽生でも清水に負ける」からあてにならない、とおっしゃっているのに、非公式に家のパソコンでプロがコンピューターと指した対局については実力評価の対象になる、というのはやや苦しい論法ではないでしょうか。
やはりプロの将棋は公式の場で指してこそ評価に値する、という考え方が米長さん始めプロ棋士の共通認識として発言の背後にあるのだと思います。

結局のところ、我々は米長本を読んだ後でもまだ「持ち時間の長い将棋でコンピューターはプロより強いのか」について判じかねている訳で、そういう意味では電王戦の商品価値は何ら損なわれていないように思うのですが…。

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