米長邦雄「われ敗れたり ~コンピュータ棋戦のすべてを語る~」

この本を読んで一番驚いたことがあり、それが理由でずっと感想を書いていなかった。


われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語るわれ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る
(2012/02)
米長 邦雄

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面白いか面白く無いかでいば圧倒的に前者である。勿論リアルタイムで対ボンクラーズ戦までの米長邦雄氏の日記を見ていたのだから、出版の意思があるのは分かっていた。

そういう意味では、ほぼ大筋においては読み筋通りの本だった。特に良いのはプロ棋士がどう見ていたか?というところだろう。対戦者をつとめた中村太地の言葉には、芸事としての将棋の側面が出ていてとてもよいし、その他の歴代名人(谷川・羽生・佐藤)の言葉、実際にボンクラーズと闘ったという森下の言葉も良い。

コンピュータ開発に携わる者たちの、ボンクラーズ側からの視点としてのコメントも良かった。

また、新聞社との記者会見において、やや米長邦雄が苛立っているようにも見えたが、その理由の一端ではないか?と思われるような女性記者のエピソードも良かった。

対戦を前にして米長邦雄が奥様に問うた言葉、それに対する返答とその真意の件もよい。

米長邦雄が負けてしばらくの間、勝敗を分けた局面前後が頭から離れずに眠りが浅い日が続いた…というあたりもとてもよい。私が思っていた、老真剣師と人外との対決という構図はまさしくそのとおりであったと思う。

ただ一点、私が気になったのは、彼が封印したもの、その意図と描かれるべき部分その範囲が、やや整合していないように思えたことである。この一点にのみ、私は大げさにいえば、少なからず動揺した。

その事実に動揺したのではない。私は過去の推定においてほぼ同じような結論に達していたからだ。しかし、その事実の明かされ方に違和感を覚えたのだった。

もっといえば、あの文章は出版社なり編集なり、或いは社団法人としての日本将棋連盟が削除するべきだったのではないか。と私は思う。

あの文章段落がなくともこの本は売れただろうし、価値は損なわれなかったはずだ。

なので私は取り上げなかったのだが、ツイッター上の将棋関係者の評判は悪くなく、特に批判めいたものもないので、この文章を公開しているところである。

好意的にみれば、米長邦雄の稀代の興行師としての側面を思えば、このコンピュータとのこれから数年間に渡るであろう戦いを、撤退戦として認識しているのだろう。

もしそういう意図がないのであれば、あれは単なる露悪趣味に過ぎない気がする。誰も見たくもない一物を見せる奇矯なところが、三つ子の魂百までの具合で発現されたというか。

誰もそのように思わなかったのであれば私がややセンシティブすぎるのだろうが、私にはあの一文が、老人の醜い一物に見えてしょうがなかったために、この本の感想をここまで躊躇していたものである。とはいえ、悪い本ではない。

そういう意味においては、恐らく米長邦雄という人間の魅力であり、別の人間から観た時の辟易とするところが存分に示された本でもある。

イカガ?(´・ω・`)つわれ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る
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Tag : 米長邦雄 ボンクラーズ GPS将棋 ポナンザ

コメント

No title

私は、ご指摘(と思われる)一文については、あー米長さんだな、と思いました。羽生さんであればそもそも触れないでしょうし、谷川さんや佐藤康光さんであれば違った書き方をしたでしょうけれど、その辺は米長さんらしいですし、私はそれもありだなー、と思いました。

ブログ主さんの引っ掛かった箇所というのは具体的にはどの部分でしょうか?

何がなんでも次回も出場したいという箇所のことでしょうか?それとも次回の対戦者はしっかりコンピュータ対策を立てるべしという押し付けがましい箇所でしょうか?

前者に関しては、まあこれはいくら会長であっても実現の可能性はゼロでしょう。世間が許しませんよね。

後者は・・・ミイラ獲りがミイラになるといったような、コンピュータの研究を遣り過ぎた副作用のようなもんだと思えば、聞き流していいんではないでしょうか。

米長先生は大山流から米長流に切り替えられなかったのが敗因と述べていましたが、もうすでにコンピュータに畏れおののいている時点で負けは確定していましたね。

来年の五人の棋士にはぜひ自分の将棋で我々を魅了してほしいなというのが切なる願いです。

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