バランスを崩す / 歪な穴熊 第69期順位戦A級1回戦 ▲谷川浩司九段?△三浦弘行八段

第69期順位戦A級1回戦 ▲谷川浩司九段?△三浦弘行八段

不調気味の二人の対局。順位戦初戦ということもあり、ここの勝敗が今期の行く末を示す可能性がある。これは運命論ということではなく「結果が過程にフィードバックされていく」という典型になる可能性があるということ。例えば名人戦において、三浦プロは勝ち将棋を含んだ四連敗を喫した。そこまではそれ以外の棋戦では勝っていた訳で調子が悪かったというわけではない。しかし敗戦という事実がバランスを崩していく、スランプと呼ばれる類の現象を生じさせている/生じさせる可能性がある。

プロの将棋は、元々が微妙な差の中で戦っている。プロ棋士の第一感の手が殆ど同じ、という範疇の中で交互に指し進めていくなかで勝敗が決する。運の要素が(少)ない将棋ではあるが、どの手もありそうだ、という中で何を選択するか?というところの先に確率の世界が広がっている。その選択において、その棋士それぞれの感性が活かされるわけであり、負けがこんでいる状態というのは、その棋士の感覚と指し手の相性において何らか微妙な齟齬があるということなのかもしれない。

そういった状況の下、本割りと呼ばれる順位戦でこの二人がどのような戦いをみせるのか?というのは大変興味深いところだ。(ここまで対局前)。

今は10時47分。盤面は先手谷川九段の三間飛車、石田流模様となっている。これは有力な作戦で、特に対三浦プロという意味では良いと思う。私の印象として、だが三浦プロの対石田流の作戦はそれほど凝らしたものではなく、先手が実戦的な勝ちやすさをキープできるからだ。主には左右分断型の、佐藤康光プロっぽい指し回しか、作戦負けを甘受するような持久戦が多いように思う。A級では対久保プロ、対深浦プロとの戦いがあったように記憶しており、どちらも負けているのではないか。(ここまで10時49分)。

今は13時55分。三浦プロの採った戦法は「左美濃+7二飛車+6三銀」というものだった。形は全く違うが、思想としては先日開幕したC2の菅井vs中村太戦が下地になっているような気がする。続く後手の△4四歩が少し珍しい手だろうか。後手からの捌きを封じて、7筋の関係だけで良くしようという考えだろう。

先手の7七角型を咎めているというか、甘くする意味もある。「いつかどこかで6五歩」と来られたときに、2二角成りに何でとっても味が悪いので、後手から角交換に行く展開が多いように思うが、そのとき形良く7七桂(or銀)と取られることを思えば、交換の筋をなくして、飛車いじめに専念する、ということ。

私が対石田流で勝つときのパターンは角交換して筋違いに角を打って飛車をひたすらに苛めるか、或いはこの浮き飛車の状態で苛めまくるか、という展開が多いが、3四の歩を狙われる展開になると実戦的には気持ち悪いのでそのあたりに注目したい。(ここまで14時02分)。

今は21時09分。後手の陣形の歪さが目を引く。また、先手の攻め駒の端っこへの集まり具合も不思議な感じだ。少し盤面を戻してみると、後手の三浦弘行プロは、左美濃から固める順ではなく、やはり金銀が分断する形を採った。理由は不明だが、この若干クラシカルな形をよく指している印象がある。ただしそこからの手順は初めてみた。恐らく想定研究の手順ではなかろう。

この歪な穴熊が登場した理由は△4五歩にあるように思う。位を目標とした逆襲というのは将棋には常にある手段だが、谷川浩司プロの予想外の構想の前に銀を二枚繰り出さざるを得なかった。では先手がかなり良いかといえば、捌いてナンボ、という石田流で捌けずに銀冠にしたのはそれほど威張れたものではない。石田流と銀冠のバランスはそれほど良くない。そして捌きたい駒が全て端に寄ってしまっているのも詰まらない。石田流は手詰まりになると辛い、とか専門家のための将棋、といわれる所以だろうか。どちらも本調子ではないことをうかがわせるような、序盤戦術だった。

私が驚いたのは、以下の図67手目の▲1五歩だった。(この盤面画像の使用が著作権侵害などにあたる場合はお知らせ下さい。速やかに削除いたします)。
100629_A.jpg


単に歩の交換を許しては不満とみた後手の66手目を具体的に咎めに行った強手。今すぐどうこうという話ではないものの、金銀の上ずった穴熊モドキの後手陣は、穴熊の最弱点である端が更に弱い状態だ。そこからの手順は如何にも居飛車党、というもの。相居飛車ではないのだが、なぜだか相居飛車をみているような感覚になる。相手の穴熊が居飛車っぽくなく、先手の飛車が2筋(8筋)にいて、後手の飛車が3筋(7筋)にいるので、相対的に先手が居飛車のように感じるのかもしれない。居飛車らしい手順で竜を作ったあたりは先手満足だろう。この気分良しを如何に形勢良しにつなげていくのか、先手の谷川浩司プロの腕の見せ所。(ここまで22時07分)。

今は朝6時。将棋は終わっている。まだどちらが勝ったのかはわからない。対局終了時間だけみると深夜1時近い事を知る。先手が何の代償もなく竜を作った局面ではかなり先手が良いのかと思ったが、端の折衝、玉頭戦だけになってみるとそれほど先手の大駒が利いている感じでもない。

ただし、先手の飛車角の利きを活かした▲6六歩打やその歩を一歩進める▲6五歩の味が良く先手がやや指し易い状況が続いているように思われた。最終盤に盤上の天王山に角が飛び出す手が決め手。キーパー前にいた守りの選手がオーバーラップしてヘディングシュートを狙うような手で気持ちが良い。最後は先手が大量の持ち駒を活かした即詰みに討ち取った。

序盤、お互いに歪な形に進んでいたが、中盤の折衝以降はその歪な陣形であっても見事な応酬になるあたりが流石はプロ、といったところ。しかしながら囲いの性能の差がでた形で、また三浦弘行プロの対石田流対策が一つの弱点であることが露呈した印象もあり、三浦プロの残りの後手番(対森内・藤井・丸山・木村)において、石田流を投入してくる人がいるのではないか?という気が何となくしている。

これら四名は石田流をあまり指さない印象ではあるが、だからこそ余計に採用した場合は、三浦シフトであることが明確であり、面白いと思うのだがどうだろうか。

谷川プロは今年に入ってから負けが混んでいたが、年度でいえばこれで2?2のタイに戻した。勝ち負けは年度で意識することが多いだろうからこの勝ちをキッカケに立てなおしてくるだろう。対する三浦“武蔵”弘行はこれで今期のA級をどのように戦い抜くのか、今までは紙一重の残留劇を演じてきたが、その徳俵で留まる力が今期も発揮されるのか、に注目したい。

そして、この対局をサッカーワールドカップの日本戦があるにもかかわらずに将棋観戦に来ていた木村一基プロがこの二人とのA級での対戦において、どのような結果を残すのか?についても見守りたい。今期A級の見所はいつも以上に「誰が降級するのか?」というところにあると思う。

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