重さと軽さ 第35期棋王戦五番勝負第5局 佐藤九段vs久保二冠

棋戦:第35期棋王戦五番勝負第5局
先手:佐藤康光九段 佐藤康光の関連商品
後手:久保利明棋王 久保利明の関連商品

ここまでの4戦は久保が用いる戦法からみて、ゴキゲン2勝、石田流2敗という状況。久保二冠は対羽生王将戦では石田流では勝っていたが、ゴキゲンでは勝てず、漸く最後に超急戦で勝ったというのと比べると、好対照なのが面白い。確かに過去のA級での対戦を見ても佐藤の豪腕が、対石田流では活きやすいような印象はある。

本局の勝敗に、久保が2冠を一年間名乗れるかどうか?がかかっているわけだが、振り駒の結果は佐藤九段が先手となった。これは、居飛車党にとっては嬉しくないはずはないが、ことこのタイトル戦における両者の心中はどうだったのだろう。

佐藤が採った戦法は37銀戦法。穴熊に組む手順もなきにしも、ではあるが対ゴキゲンでは佐藤が穴熊に組んだのを見た記憶がない。急戦調の面白い中終盤を予感させる出だしだ。

55の歩を狙う急戦というのは決まれば破壊力抜群。無条件に55の歩を取れればそこで終了、ということも少なくない。アマでも良く登場する単純な狙い筋だが、流石にプロではそうはいかない。しかし今度は後手が55の歩の応援として53に銀を繰り出したのをみて、飛車先が二重に止まった今がチャンスとばかりに、▲35歩から後手の角頭を狙いに転戦する。

35で歩を交換させて、久保は軽く64銀と飛車先を通す。玉のコビンのラインを守りつつ、将来の77銀の出動に備え、55の歩を支えている。そしてこの一手で飛車先が通るので、先手の飛車先のほうが玉から遠いので攻め合いになったときに、一瞬でも2・3筋で凌げれば、88角・77銀の悪形もあり、一気に形勢が後手に傾く可能性もある。

居飛車vs振り飛車の対抗形、特に先手が居飛車の場合は「先手としての一手」と「後手玉の一路(遠いこと)」、及び本局については「玉側の端歩の突き合いがないこと」の関係が面白く、鈴木大介的にいえば「0.5手だけ居飛車が良い」という印象。

本譜のような37銀型の急戦の場合は特に88角・77銀の凝り形があるので、その良さが引っくり返った瞬間、大きな差で後手が良くなる可能性も秘めていると思う。そのリスクを認識しつつも、目先の微差ではあるが確実な指し易さを感じる研究家により、深堀りされているのがこの戦型だ。

昼食休憩の局面では、私はどちらも持ちたくないが、72銀ぐらいしか久保二冠の指し手は見えない気がする。64の銀は膠着したとしても実戦的には固める含みまであり、とりあえずは先手の出方次第、といったところだろうか。

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とここまでがお昼休みに書いた文章。弊ブログの想定読者が、どうやらサラリーマンの方々で細切れにたくさん出すよりも、長めでも構わないので一連なりになっているほうが好まれるのではないか?という私の仮説がある。これは電車通い、特に地下鉄通勤の方々に見られるようだ。(地下鉄の場合、通信が駅ごとにしか通じず、1つが長い方が好まれる)。

よってあえて上記は昼には投稿せずに、続きを終局を見守ったのちの今、缶ビール2本達成後のワインに突入する前に書いているところだ。この文章を書き上げる前に、風呂に入り、風呂上りの気分で白か赤かを決め、腹具合によってツマミを選定し、というのは気ままな独身よろしく、家族の者たちが不在だからこそ出来ることである。

少々話が逸れたが、私はあの64銀が、美濃の73の地点に来ることはあるかもしれないと思っていたが、まさか穴熊とは思わなかった。とはいえ、久保二冠というのは穴熊の名手であることも忘れてはならない点だろう。対羽生との初タイトル戦ではその久保スペシャルともいえる四間飛車穴熊をぶつけた記憶があるが、その時は吹っ飛ばされているが、もともとの穴熊感覚は、並のプロとは訳が違うということを忘れていた。

とはいえ、本譜の穴熊は積極的な意味合いよりも、作戦負けを緩和する印象が強かった。先手の決めすぎの形により相穴熊はないために、兎に角実戦的には負けにくいとしたものだろう。

50手目の局面、後手が5筋の垂れ歩?の形を作ったところでは、解説の西川ジュニアの言うとおり、アマ的には後手が勝ちやすいように見える。ただし、将来の割り打ち?飛車成りなどの筋も見えており、気を使うところは一頃の「堅い・攻めてる・切れない」のようなノー天気な穴熊とは一味違うところ。

厳密には先手が指しやすさを維持しつつ、かれこれの堅さの違いで形勢の逆転が起きやすくはなっている、というところだろうか。このあたりの佐藤康光プロの指し回しは、形は違えど棒銀加藤流を何故か思い出させた。

攻めの良形といわれる、しかし私があまり好きではない35銀36飛車37桂馬の形から佐藤プロが攻撃を仕掛ける。以前も書いたが私がこの良形といわれる形を好まないのは、机上の理論というか、かれこれを考えないでの良形だからだ。通常、居飛車がこの良形を構築するには手数が掛かり、それまでに後手が別の地点で具体的な良さを求めていることの代償に得られていることがほとんどだ。

相対的にみてどうか?という意味でいうと、あまりに独善的すぎるきらいがある、といえば大げさではあるが伝わるだろうか?

本譜も、捌きのアーティストが、相手の重厚な攻め味に対して、確りと対策を講じ、その上で軽い捌きまで用意していた。見る見るうちに久保の飛車と角、攻めの銀が捌け、と金が出来た。そして久保が大好きであろうと言われていた77歩のタタキが最も適切と思われるタイミングで繰り出された。このあたりの手順は久保にとっては勝っても負けても本望という展開。

そこからもよどみなく37に作ったと金を生かした攻めを見せて、久保の完勝かと思われた局面から、この勝負に勝たなければ全てを失う(B1級の無冠、ただの九段となる)佐藤の執念がすごかった。もともと、投げない人ではある。木村・深浦・佐藤というあたりは一流クラスにしては投げっぷりが悪い三人だ。前者の二人がもともとの棋風として納得出来るところはあるのだが、最初からずっと攻めの棋風だった佐藤の投げっぷりの悪さというのは少々不思議ではある。特にその投げっぷりの悪さが功を奏することが少ないタイプだけに余計に。(木村の場合は相手がおかしくなって詰みを見逃すとか、一手トン死するとか色々ある)。

今回もその類の粘りかと思われた佐藤の、ここからの執念は恐ろしいものだった。まさかこの87手目の局面、後手が先に先手の金を剥がすことが確定したところから100手も続くとは思わなかった。

本譜は佐藤が必死の、しかし最善の粘りと思われる受けが続き、以前の久保であれば焦れて自ら縊れてしまうかもしれないようなところだが、違うのは玉の堅さと、久保自身の精神力だろう。何しろ当代一のあの羽生との恐るべきねじり合いを制したことが絶対的な自信に繋がっている。

私が感心した久保二冠の手は110手目の59金である。今回のダブルタイトルマッチにおいて、このような重い手が何度か繰り出された。幾つかは功を奏し、異筋の香車打ちは不発に終わった。しかしこういった、明らかに重い手を、カルサバの後にさせる久保の発想の幅広さに、兎に角うならされた。思えば羽生から王将を奪取した時の勝着も59金だったではないか。

途中26角をうっかりしたのではないか?という解説があり、確かにそこからまた縺れるのだが、最後は再び佐藤に緩手が出て、そこからは四枚穴熊の堅陣も活きて久保が間違えることはなかった。

それにしても。羽生世代からタイトルを奪うのがどれほど大変なことなのか、というのは現在の羽生以外のタイトルホルダー三人の奪取場面を回想して思わざるをえない。そして苦労はしたものの、渡辺・深浦・久保という三人の各世代の実力者が奪取できたという事実は計り知れない。

この今期のタイトルの趨勢をもって、羽生世代の衰えが始まったとして、問題ないと思う。最後の名人戦がどうなるか。羽生・三浦の対戦成績は勿論三浦に分が悪いものであるが、まさかの三浦名人まで覚悟しなければいけない、と私は考えている。

次に天下を取るのは果たして誰か?こうなれば久保に一度は名人になって欲しいと思う自分がいることに驚く。振り飛車党でも、久保ファンでもないのだが、ほぼ純粋な振り飛車だけでここまで勝てる棋士は本当に稀有であろう。


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(2005/09)
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久保利明棋王王将、この度は二冠達成、本当におめでとうございます。


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基本的にはリアルタイムでの将棋観戦中に思ったことを書き溜めつつ、対局終了後の感想を付け加えて、将棋対局のあった翌日の朝7時頃にアップされるように将棋観戦記を予約投稿しています。「一日一観戦記」をモットーにしているので、同日にネット中継が重なった場合は、対局の重要度を個人的に評価して観戦記の投稿日を調整しています。

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