世代交代の風は吹くのか? 第69期順位戦B級1組1回戦

遂にB1が開幕した。ここ数年のB1は「過去に例の見ない高レベル」な状態を毎年更新しつづけているが、今期も取組表をみるだけでため息がでるような、それだけでご飯三杯いけそうな、贅沢な対局が目白押しである。所属メンバー13名を年代別に区分してみると40代後半が井上・中村・中田と3名、40代前半が佐藤・豊川・杉本・畠山鎮と4名、30代後半が深浦・行方・屋敷・鈴木と4名、30代前半が松尾30歳が一人、20代が山崎29歳が一人、という具合。

今期のテーマは世代交代だと私は考えていて、B1に限らず、若い方がどのぐらい活躍するのか、できるのか?に注目していきたいと思っている。


先手:山崎 隆之七段?後手:鈴木 大介八段
対振り飛車右玉を期待していたのだが、角交換振り飛車に。あるいは右玉を回避したのかもしれない?! ともかくは両者力を出す形に進んだ。鈴木プロの7筋からの反発?天空の木村美濃構築はらしい持ち味だが、もしかすると勝ちにくい状況を招いていたかもしれない。42手目、54歩が不思議な手だった。これは44銀で受かると思った鈴木プロの勘違いではないかと思うのだがどうだろう。

或いは、見落としでないとしてもこの手順を選ぶということは苦戦を認識していたということ・・・と思って眺めた54手目の解説になるほどと唸らされた。そのとおりだとすれば、常に実戦的である鈴木プロらしい思想だが現実問題としての馬+穴熊は重い。

少し不利そうなところから局面を複雑化させて力でそこから抜け出す展開が多い山崎プロだが、こういう実戦的に勝ちやすくなったところからの手の見え方も流石の一言。飛車を捌ききったところでは棋理としては先手が良いと思われたが具体的な決め方が戦力不足を補う、穴熊党の常套手段だった。この思想は羽生の終盤術でも出てくるもので、アマで穴熊を用いるものとしては必修手筋だと思う。

最後は穴熊らしい速度計算の分かりやすさで先手の山崎プロが押し切った。私が昇級候補三番手クラスにおいている山崎プロだが、いつA級に上がってもおかしくない実力の持ち主であることを本局でも証明していたように思う。

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先手:中田 宏樹八段?後手:中村 修九段
両者昇級したばかりの初戦の相手がこうなるとは思っていなかっただろう。B2クラスの頂上決戦がここで行なわれた。中村プロの作戦は72飛車だった。確か前期の最終局でも調整?でこの戦法を用いて負けている。今回はどんな修正を用意しているか?と期待して眺めた。

初手からのやりとりを振り返ると、名人戦第四局の展開もベースになっているように思われた。そしてそれより得をしようとしている後手の手順としての72飛車。中村プロの得意戦法と一手損からの変化を組み合わせた面白い構想だと思った。しかし、角の運用と玉の移動において、少々窮屈なパズルゲーム的な動きがあり、後手番で手損含みに動くしかなかったのが形勢に影響を及ぼしたかもしれないと思う。

後手の玉は手数を掛けた割には堅くない。その理由としては、対矢倉において最強と思われる布陣を先手に許したことにある。一歩持たれてのこの形、しかも先手玉が堅い(後手からの攻めの体制が築かれていない)というのは先手作戦勝ちを示している。

すぐに攻めずに更に準備を整えてから後手の攻めの一歩手前で開戦するのがプロらしい落ち着き。相手のパンチが伸びてくる瞬間を狙うのが良く、特に攻めの桂馬を端にとんだ瞬間というのは、後々のB面攻撃の含みや、85に飛んでくるであろう桂馬の食いちぎりによる攻め駒補充など色々な含みが水面下に生じるところ。

攻めてからの先手の手順は相当に気持ちが良い。プロ対プロでここまで華麗に攻めが続くのを久しぶりに見たような気がするというぐらいの攻めきりだった。この手順は矢倉党ならずとも居飛車党の人間は一度は盤に並べて、中田先生の写真に礼をしたくなるような、そんな快勝劇だった。

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先手:豊川 孝弘七段?後手:杉本 昌隆七段
一番興味がなかった本局だが、始まってみると一番面白い戦いとなった。例のゴキ中の超急戦だ。戸辺新手の先を深掘りしたのか、或いは別の新手を用意しているのか。長考の末に指された手は戸辺新手とは別の手だった。そこから数手の進行で、個人的には後手が得したように思われた。それにしても初見の場面から羽生名人が手をひねり出す能力の高さを思わずにいられない、長考合戦と手のやりとりだった。

新手近辺は後手持ちな印象だったが、そこから数手後の場面は流石に先手持ち。これぞ杉本プロ、という手が出たときは文字通りにのけぞってしまった。そして55手目の解説コメントはとても良いと思う。同じ超急戦でもあの、羽生戸辺戦のようなキビキビさは失われてしまったが、とはいえ、これはこれでらしさは出ている。

途中からは相横歩取りなどでもある、超急戦ならではの片方が損なうと一方的というような形で後手が投了した。本譜の新手の手順も先手の攻めが決まっていると思われ、本当にこの超急戦が後手やれるのかどうか?というのは再考の余地があるのではないか。特に△89馬という手の味が相当に悪いと個人的には思うし、本譜の展開も真ん中に鎮座まします飛車が、さながら全く働かないグータラ亭主にみえ、昼間から酒を飲んで居間に寝転んでいるので駄目ではないか…。

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先手:屋敷 伸之九段?後手:行方 尚史八段
行方プロの一手損から早めに位をとる作戦。これは確か昨年の順位戦でもみたもので、飛車先の歩との関連性、角打ちの手を水面下に潜ませた巧みな構想だと思う。阿久津プロあたりも得意にしていそうな覚えがある。この両者は先後両方を持っているのではないか。

行方プロには居飛車が似合う。鋭いなまくら流と私は呼んでいるのだが、アマのようなだろう攻めはしない、ハッキリしないところでのクリンチのような粘着質な指し回しとショートレンジからのミドルアッパー、というような鋭い切れ味の両方を兼ね備え、特に後手番でその持ち味が現れるように思っているのだが、本局もその特徴が出ていた。

一方の屋敷プロは今で言うところの糸谷プロのような若干ケレン味のある手に特色があり、昔ほどそういう側面一辺倒な感じでもないが、本局の角と銀の打ち込みについては如何にも屋敷、という雰囲気がある。玉のコビンを狙って後手好調を思わせたが、途中からの先手の盛り返しにより、竜を引きつけて、飛車の押し売りと手筋の▲54歩が入ったあたりでは先手が指し易いのではないかと思われた。

しかしそこから僅か数手後の局面で飛車を無条件で殺されては先手陣はもたない。となると飛車の押し売りをしたあたりまで先手の景気が良いように思われたが、容易ではなく、むしろ本譜の手順の必然性を考えると後手がしばらく前から指せていたということなのだろうか。97手目の受けただけ、の手が出ているところでは手番が後手、玉の堅さも後手、駒得も後手、ということで後手良し。

最後の収束は、まさに行方のもう一つの顔を見せる瞬間であり、カッコ良い。後手一手損で飛車先を突かない人で、振り飛車をやりたくない人は本局と昨年の順位戦における行方プロのこの戦型を学ぶのが良いと思う。私は序盤の手順的にこの作戦にならないのだが、もしできることならばやりたい、相当に有力な構想だと思う。

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先手:深浦 康市王位?後手:松尾 歩七段
後手松尾プロということで中座飛車を予想したが当たり。その中でも最も基本的な形に進む。どちらもひねらずに素直にある程度囲うとこうなります、という形。中座飛車は優秀といわれているが、ただしどの対策においてもそれぞれにやれることを考えると、プロにおける後手番の大変さというのが分かる気がする。

個人的にはこの中住まいで飛車を一段目に引く形が、後手からのパンチが当たりにくいように思われ、気に入っている。後手のほうも、そうは言ってもめいっぱいに両方の桂馬と飛車が使えそうなので双方の言い分は通っているのだろう。

戦いが始まってから先手が74に角を打ち込む。最近では羽生がよく指す構想だが、歩の支えをもとにして、74や34に角を打ち込む手というのが、飛車の働きを制限して後手玉を睨む良い手であるということのようだ。64手目までの応酬はいかにもプロ、いかにも強いひとという指し回しでみていて見ごたえがある。中座飛車といっても、色々あるが序盤研究の発表会的なもの、特にヒネリの効きすぎた、ある特定分野の知識のない人には笑いの意味がわからない難解なジョークのような展開だと詰まらないのだが、こういうある程度玉をがっちり囲ってからのねじり合いというのは観戦冥利につきるものだ。

アマだと取るに取れない魚屋の猫、でもパクリとすぐに召し上がってしまうわけだが、そこをぐっと堪えることで指し回しに深みとコクが出る。本局の応酬はまさにそれに該当するだろう。

形勢はわからないものの、駒の損得でいえば得のある取引をおえた後手、特に中座飛車にとって命の水ともいえる歩がこの局面においても3枚あるというのは心強い。後手としては手応えを感じそうな局面だと思われる。89に歩を打った局面、悪くなっても容易に崩れない深浦プロらしい腰の重さではあるが、本譜のやりとりが最善なのであれば、後手が優位に立ちつつあるのではないかと思われた。

ここからの手順は私の駄文で触れるには申し訳ないほどの応酬。棋理としては後手がさせるであろうと思われた局面から先手が最善の手を続けるとこうなる、という一つの見本となるような優劣不明の戦いが続いた。終盤で控え室の竜王が呟いた言葉が心にのこる一戦となった。松尾プロにとっては大きな、大きな一勝だろう。

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先手:佐藤 康光九段?後手:畠山 鎮七段
最後まで残ったのがここの対局。佐藤康光プロ、復活に向けての初戦は攻め味鋭い畠山鎮プロと。途中もしや後手阿久津流急戦矢倉か?と思ったが持久戦森下システムへと進む。そこからお互いに3筋と7筋を交換する将棋となるわけだが、私は此の類の将棋が好きではない。観るのも指すのもあまり好まない。理由としては飛車のコビンがお互いに開いており、飛車を香車の上に持ってくる将棋になるからだ。そして先手は大抵盛り上がる。盛り上げていく将棋はアマには指すのが難しい。

この形を指すのであれば、まだ右四間のド短調なド急戦をやったほうがまだ勝つ気がする。入玉大作戦、という風情で指すのが好きな人はいいだろうが、持ち時間の乏しいアマの戦いにおいて好んで指す戦いではないと思う。特に先手番においては。ただし、今細かい手順を確認せずに書いているが、後手がこれを誘導したのであれば、まだ分かる。正しい戦略だろう。

或いは、佐藤康光プロが前期負け越し、失冠、B1への降級という「厄年か!」というような状態だった理由を将棋ライター?元プロ棋士の河口俊彦さんは「ゴキゲン中飛車など、軽い将棋と佐藤プロの棋風がかみ合わない、やっぱり矢倉などの本格的な将棋を指さねばいけない」と語っていたといつぞやの文春の先崎学プロの連載記事で読んだのだが、如何にも河口氏が言いそうな話で私でなくとも口元が緩むだろう。

それを真に受けたわけではないと思うが、本局の佐藤康光プロの指し回しは、近年の佐藤流の序盤中盤で見られるような意欲的すぎるものではなく、クラシカルな昔からある指し方を踏襲していた。佐藤プロらしいなと思われるのはこの3筋の歩を交換する将棋を選んだあたりだろうか。この類の将棋を好むような印象が私にはあるがどうだろうか。

手厚く盛り上がり、後手の攻め、先手の受けという展開になった。後手は畠山「鎮は攻める」プロなので、こういう展開は後手としても満足。前期の畠山プロの将棋を見ていると、攻めると相当、受けると一方的に負ける、という具合であり、ともかく攻めることができるのであれば好勝負。前々期?の渡辺竜王との死闘を思い出す。

攻めたものの先手からの反撃がきつく、互角の駒割であればと金を作っており、割り打ちの含みがある先手が良いだろうと思われた時に指された後手の手が何とも良い感触であり、この手だけでも三回は盤に打ちつけて手に覚えさせたい。これで即後手優勢というわけではないが、先手の指しやすさの拠り所がいっぺんに二つ失われてしまう手であり、「ウニイクラ丼」といった風情の味の良さは格別である。

私が実況中継中にツイッターで呟いたように佐藤さんが指し易いとみるのが普通であり、控え室もそうだったようだが、結局此の類の将棋は、形勢判断が難しく、少し綻ぶと大模様をはった将棋というのは散り散りばらばらになってしまう怖さがある。対抗形における玉頭位取りや五筋位取りが絶滅寸前であることと似たような難しさがあるといえばいいだろうか。

途中、垂れ歩で勝負になったあたりは後手がやれそうで、何はなくても攻めが細くても続けば畠山鎮プロの将棋だ。そこからは二転三転あったようにも思うが、将棋の造りとしての勝ちやすさ・勝ちにくさというのが関係しているように思われた一戦だった。この佐藤プロの敗戦は、恐らく大きな衝撃を与えたのではないだろうか?少なくとも私にとっては衝撃だった。

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私が昇級候補に上げた4人、深浦・佐藤・松尾・山崎のうち、直接対決があったということもあるが、早くも2人に土がついた。負けた二人がA級経験者であり、若いがまだ大きな実績が少ない二人が勝ったのは最近みえつつある世代交代の風を感じさせる。ただし第一人者の羽生名人だけは何処吹く風、と勝ちまくっており昨日時点で今期は9?1、レーティング点はなんと1900点台を超えている。

世代交代の追い風を利用して、高勝率を誇る若手プロが羽生名人だけが見えている景色の高みにまで登り詰めることが出来るかどうか?に今期は注目したいと思っている。

最後に。控え室に渡辺竜王が来られていた。渡辺竜王と窪田プロは手についての言及が明確であり、観戦者にとっては大変ありがたい存在である。お子さんには「「お父さん、おしごとは?」と言われたようですが、しっかりお仕事されていたと思いました。

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