プロ棋士というもの 第41期新人王戦決勝三番勝負第3局 ▲阿部健治郎?△加來博洋
ファンが望むのは見て楽しい将棋である。勿論全てのファンが異種格闘技戦的な流れを希望しないことは理解しているが、プロ並に強いアマとフリークラスの領域を融合させるのは十分にありだと思うし、そこにコンピュータ枠があっても楽しいだろうなあと無責任に思う。
本局において、アマが勝てばそういったもののブレイクスルーになる可能性があるという意味でも加來博洋氏を応援したいし、単に右玉力戦調という将棋が私と同じなので応援したいという意味もある。日本人特有?の判官びいき的なものもあるかもしれない。
秩序と混沌では後者を愛するものとして、とはいえ将棋連盟が混乱や凋落していくことを愉しむというわけではなく、混沌としていくなかでも、生き残って面白さを保持しつづけることを期待しているという意味ではなにかが起こってほしい気もしており、その何かのうちの一つが加來博洋氏の勝利なのかもしれない。
ただ、冷めてみれば元奨励会三段ということで、藩士と浪人の戦いという感じがしないわけでもなく、いやいや、しかし、そういう構図からも乱世の徴候を嗅ぎ取ろうとする、意味の無いところに意味を求める人間の性…と延々と私の戯言は続くわけである。異種格闘技、時代を超えた最強者の選出、などにはそういう楽しさがある。
勝手に妄想を愉しんでいるうちに将棋は始まり、想像を超える現実としての、後手の阪田流が飛びだしていた。
第41期新人王戦決勝三番勝負第3局 ▲阿部健治郎?△加來博洋
先手は対振り飛車の基本思想としての居飛穴、後手は右玉っぽい駒組み。初期阪田流、江戸時代からの指し口に似た味わいがある。ツイッター上で加來博洋に関する発言で興味深いものがあったので紹介させていただく。
いかがだろうか?
右玉を使うものとしては、百も承知で居飛穴前提で戦うわけだが、それにしてもこの角も手放しての阪田流では心もとない。右玉使いの私としては角を手持ちにしての相手居飛穴、ということであれば打ち込みの隙で何とか、と思うのだがこの形、飛車先のもっさり感も含めて後手を持ちたい人は殆ど居ないのではないか。
後手番で端歩を突き越し、先手が穴を掘った瞬間に三筋から仕掛ける加來博洋アマ。この仕掛けは如何にも軽い。仕掛けたというよりも仕掛けさせられたという意味まである。先手は潜らなくても堅い。
先手に囲われては十分なので仕掛けた、機敏だ、という考え方もできるが組まれると不味いので動いた、とも言える。しかしそこからのやりとりは、後手が角による玉のこびんを狙う一点勝負がなかなかに煩かった。
アベケンプロが才能を示したのは55手目の▲7七金寄りだろう。研究家ではあるが力戦を厭わない力強さを感じさせる。後手の攻めは基本的には8五の桂馬と4四の角によるコビン攻めなのでサッパリさせてしまおう、という考え。具体的な手順を考えずに怖がり過ぎるとこじらせることになる。
その後、後手の強襲で飛車銀交換になったのが、60手目。手番を得た先手としてはすぐに反撃したいところだが5筋にと金を作らせるわけにはいかないので、▲5六同歩としたのが61手目。
そこから後手の加來博洋アマの猛攻が始まるのだが、なんとなく直感的にはさっぱり行き過ぎているようには思われた。私の予想なのだが、怖がることのできないコンピュータ将棋にこの将棋を解析させた場合、ずっと駒組み段階から62手目以降の後手の攻めについて、ずっと先手良しを示すのではないだろうか。(7七の地点での金桂交換を読む含みでは駒得を重視して後手にポイントをあげるかもしれないが)。
76手目の局面。

ここでの▲7三銀が気づきにくい強手にして勝利打点の味わい。後手陣の金銀左右分断型、右玉の最弱点を直撃している。
そこから加來博洋さんが端に玉を逃げこむ展開となったが、あっという間に受け無しとなった。投了図では、守りの要であるはずの後手の金銀が王様から離れて四枚残っていた。無残な姿ともいえるが、投了図にも加來さんの個性が示されていたようにも思う。
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新人王戦総括と現代将棋における加來将棋
三局を振り返ってみると、サッカーでいうところのボール支配率、パス成功率、シュート本数、その全てが阿部プロに軍配が上がるところのように思われる。ただし、身体能力で上回る相手にクレバーさ、泥臭さで追いついていこうとするサッカーで第二局の勝利が加來さんのものとなった。
小池重明の将棋で熱くなったり頭がおかしくなって魅入られたようにして負けてしまうプロ…という棋譜が幾つかあるが、そういうものに似た雰囲気を感じさせるのが加來将棋なのかもしれない。
ただし、1局目か2局目の感想で書いたがそういう将棋、独特さをもった将棋というのがトーナメントプロから消えつつあるのは事実だ。受け将棋で活躍しているプロがいないわけではないが、美濃囲いや穴熊の特性、振り飛車の特性を活かしつつのものであり、加來さんのような玉形では苦労が絶えないところだろう。
厳密には受け将棋というわけではないと思うのだが、陣立ての弱さのせいで受けの力を必要とする局面がどこかで現れるし、右玉を主戦法として用いるとほぼ必ず先攻されるし、本譜のように先攻したとしても腰が入っていない感じにはなってしまうのではないか。
大変に面白い将棋で私は今後も得られる限り加來さんの指す将棋の棋譜を並べてみたいと思うが、現代将棋におけるトーナメントプロとしてやっていくには辛いものがあるかもしれない。とはいえ冒頭に書いたように、やはりプロアマ混成のオープンクラスというところがもう少し拡大されても良いのかなという気がしている。公益法人改革でその方向への道筋はつきつつあるようにも予想する。
あと一つ思ったのが、加來さんの活躍を貶めるものではないが、こういう将棋で決勝の舞台まで登り詰めることが出来た理由の一つとして持ち時間があるかもしれない。以前の新人王戦は予選4時間、決勝5時間というものであり、歴代の優勝者をみると時間の長いところで活躍しそうなタイプが連なっている。
そして新人王戦が名人戦などのタイトルの登龍門である理由も、若手が長時間適正を試されているという意味もあったように私は考える。前回の新人王である広瀬プロが王位をすぐに奪取していることから今後も登龍門であることは間違いないと思うが、その相関が薄れる可能性もあるかもしれない。(ただし今回優勝したアベケンプロも持ち時間が長いところで実力を発揮しているので期待できそうだが)。
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UST中継による解説会について
本局、最近西尾プロや野月プロにて試みられているUST中継による解説があった。(http://www.ustream.tv/channel/%E6%96%B0%E4%BA%BA%E7%8E%8B%E6%88%A6%E7%AC%AC-%E5%B1%80-%E9%98%BF%E9%83%A8-%E5%BB%BA-%E5%8A%A0%E4%BE%86%E6%88%A6)今回は大盤ではなく、棋泉という管理ソフト(将棋プロ・業界で棋譜共有を行っている仕組みのベースとなっている)で駒を動かしての解説だった。このほうが大盤よりも見やすく手の進め方も分かりやすく良かった。
登場したのは西尾プロ、田中寅彦プロ、木村一基プロ、そして阿部健治郎プロ。
将棋に関わらず、その道の専門家としてテレビ慣れしている人というのは、テレビカメラの前ではそれ用のモードになって、腹から声を出す感じ、滑舌の良い感じになるものだが、田中寅彦プロのちょっと抜いたような喋りが、一昔前でいうところの、テレビとラジオの違い、のような具合で大変良かった。
また、梅田望夫氏もツイッター上で書いていたが、棋泉の使い方について、四人のプロの違いがあり、特にアベケンプロがごく日常のものとして普通に動かしていたのが印象的だった。
田中プロ、木村プロが「プロアマどちらを応援しているのですか?」という質問に対して大変クールな回答をされていたのが、如何にも一国一城の主であるところの将棋プロらしくて不思議な感動を覚えた。プロ棋士というのはこういうものなのだ、というのを感じさせる一幕だった。
素人目線では、これだけ勝っているプロが負ければ面目が立たないと見るが、将棋指し同士では、その屈辱?というのは当人のみに帰属するということだろう。
田中寅彦プロの、UST中継自体に対する感想も面白かった。マネタイズに関するコメントの妥当性は別にしてもそういうところに話が行くのも運営に携わっている人間らしい。大盤解説に金を払う人間が居る以上、USTに払う人間がいてもおかしくはない。PAYPAL連動で出来るようになっているのかは分からないが、そのうち実現するのではないか。(ただし、テレビのような視聴者数で広く薄くとって実は大金になりました、というラインはほぼ無いと思う)。
UST中継の音声はもっともっと大きくてもいいと思う。大きくしすぎると音割れするということなのだと思うが、私のバイオでもアイマックでも少し小さかった(のでイヤホンで聞いた)。途中で大きくした時にはある程度聞こえるようになってスピーカーで聞いたが。
とはいえ、無償でチャット解説との掛け持ちでこのようなことを試みてくれた西尾プロには深く感謝したいと思う。
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両者のらしさが出た戦い 第四回大和証券杯最強戦 ▲谷川浩司-△山崎隆之
私の戦型予想は後手山崎プロということで一手損。得意というわけではない気もするのだが、若き力戦の雄である王子はあれやこれやで勝ってしまう印象がある。特に、順位戦のような長丁場の将棋で、一目勝ちにくそうなところからごちゃごちゃさせて誤魔化し?てしまうのをみると本当に惚れ惚れしつつもその強さに呆れてしまう。
一手損も、単なる一手損ではなく本局については阪田流向かい飛車を予想した。理由は特に無いのだが、何となくそういう雰囲気を感じたのだった。ちなみに観戦する際には必ず戦型予想したほうが盛り上がるので是非お試しあれ。始めは外れると思うが、プロの序盤の駆け引きの意味というのは、(勿論一手一手の意味を追う事は難しいが)終盤ほど難しくなく、それだけでともすれば戦いが始まるまでは詰まらないと感じられることも多そうな序盤を愉しむことができる。
かくして序盤は坂田流の出だし。あとは谷川九段がそれに応じるか?だが応じなかった。後手の山崎プロは仕方なく端の位を取らされ、角道も塞いだ。序盤の苦戦を予感させる進行となった。
序盤で角交換+飛車先の歩の交換をされる展開というのは、振り飛車にとってあまり好ましいものではないと思う。恐らく通常の振り飛車党であれば最も避けたい手順ではないだろうか。
21手目からのやりとりは、後手が山崎プロだから生じたものであり、通常は考えにくい。偶然だが、一手損模様から中飛車に構える展開は私もMY定跡として持っており、しかしどちらかといえば嬉しくて指す戦型ではなく、手順上仕方なく指すものであり、勝つ気はしない。よって本局も後手の苦戦を予想した。
感想戦のやりとりを見る前に寝て、その後感想戦のやりとりを見る前にこれを書いているので分からないが、もしかすると28に飛車を引いた27手目が消極的だったのだろうか?そこから先の手順がほぼ必然であったことから、そう思われた。
本譜は馬を作った先手に対して竜を作った後手ということで後手もやれる。序盤の作戦負け模様と思われたところから中盤でほぼ対等の形勢まで押し戻せたのは後手にとっては望外だろう。
飛車をもっての1筋攻めは手筋としては有名だが、実現する運びとなると受かりにくいことでも有名だろうか?苦心の谷川プロが指したのはなんとその筋を受けただけの角打ち。この角で良くなるとは思えず、後手良しと私はつぶやいた。
54手目からの後手の方針は、いつでも実行できる筋の前にどこまで体勢を整えておくことが出来るか?というところ。特に二枚目の角を手放してくれたので、角打ちの筋がなくなり、スムーズな美濃囲いが構築できるのは本当に大きい。
先手は攻めてもらって反撃する筋しかないのでしばらくは言いなりとなる。満を持して19飛車が実行された局面で指された47歩から46歩は良い催促だった。ほぼ遊び駒の18の香車を取られる間に先手は桂馬を取り、得た手番と桂馬を用いて指された83桂馬が流石の谷川光速流だった。
私は37桂馬ぐらいしか見えてなかったのだが、83桂馬が後の田楽刺しをみての好手で、一気に形勢が接近したように思われた。それにしても83桂馬から瞬間的に攻守が入れ替わり、後手玉に対して左右挟撃を築き、ぎりぎり寄せるか寄らないか?という勝負になったのには驚いた。
一目少し足り無そうだが、光速流ならばぎりぎり寄せきるのだろうか?と思っていたがやはり寄り切らず、首を預けたところで、後手にシンプルな決め手があり谷川九段の投了となった。
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以下、感想戦のコメントを読んでの補足(もしあれば)。
23歩に21飛車を軽視したと。相手に長考されたときにこちらもしっかり考えるべきだったという谷川先生のコメントが印象に残った。途中途中のコメントの端々に、ご自身への怒り?が感じられたというか。
勝ち負けよりもそういうところ(将棋の出来・完成度)を気に掛けるというのはトップの共通点ですね。
以下、阪田流向かい飛車関連の書籍。一手損のとは違いますがとりあえず。
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これ、懐かしいですね。雁木でガンガンとかと同時期に出た本。どちらも某所に保管されているので最近読んでませんが。
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こちらは奇襲振り飛車のうちの一つとして阪田流向かい飛車が載っています。アマゾンではまだ在庫があるようですし、中古で200円台、送料込みで600円以内で買えるようです。
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