超急戦の誘惑 / 穴熊という病 第23期竜王戦決勝T ▲中村太地-△戸辺誠

第23期竜王戦決勝T ▲中村太地-△戸辺誠

元振り飛車党で振り飛車の心を知る中村プロと、流行の最先端を行く振り飛車の使い手戸辺プロの対戦。中村プロは負けたものの、C2級の開幕戦において、久保流振り飛車の後継者との呼び声高い菅井プロの石田流に対して、序盤優位を築いた(ように私には見えた)ことから、本日も期待できそうだと私は思った。

私が見たいのは、最新の石田流破りの極意であり、この大一番であれば中村プロがそれ(もしかすると、菅井戦の修正案)を披露してくれるのではないか、と思った次第。だが残念なことに中村太プロが先手となった。尤も、残念に思ったのは私だけだろう。通常は居飛車党で先手を引いて悲しむ人間は少ない。

というわけで中村太プロの居飛車vs戸辺プロのゴキゲン中飛車という対戦となった。対ゴキゲン中飛車における元振り飛車党の衝撃の真実「こう指されるとゴキゲン中飛車は完敗します」というものが出てくるのを期待…することは流石にないが、どのような作戦を用いるのかに注目した。

序盤の5八金右は超急戦の誘惑。そして戸辺プロにとっては初タイトル挑戦の夢が破れた、因縁の戦型でもある。この形を指す棋士はかなり限られており、棋風的には振り飛車党が望んで飛び込む形ではない。現に、ゴキゲン老舗の近藤プロや、振り飛車党らしい受けを身上とする鈴木大プロなどは基本受けない。(鈴木プロは先手番で端歩を突いてからゴキゲンになった場合には受けても良い、という主張があったことは記憶している)。

しばし考えてから戸辺プロの選択は拒否、だった。フラれた太地プロ。「羽生名人の誘惑には乗ったくせに、アタシの誘いは断るわけ?」と思った…かどうかは分からないが、序盤の5八金を活かした駒組みを考えたいところであり、本譜はそういう意味では自然な駒組み構想に思える。

居飛車穴熊に構えた先手に対して、後手が具体的なポイントを稼ぐ必要がある。私はパッと見で△4四銀型をすんなり作れれば後手も満足だと思っていたが、先手が穴熊となると、もう少し具体的な成果が欲しいところ。…と戸辺プロが思ったのかどうかは分からないが、銀は6四の地点に出てきた。

これにて後手がどちらかの歩を得ることが確定し、リアルタイムで私は「角交換振り飛車での居飛車穴熊に対して、一歩得するというのは実は相当に大きいと思うのだが。MY定跡ではそれで指し易くなる手順がある」というようなことを呟いた。

どうするのだろう?とみていた時に、中村太プロが指した37手目の▲7五角が凄い手だった。意味としては自分も一歩持つ、ということ。そしてこの為だけに角を投入したことからも、単純に一歩得されるのは穴熊にとって宜しくない、とみたということではないか。

40手目の△6四角は一目良い手に見える。対抗型におけるこの角打ちというのは大抵が好手である、というのが将棋指しのDNAには組み込まれている。…ただし相手が急戦調の将棋に限る、というのが本局におけるポイントかもしれない。

今は7月7日の21時。中村太プロが、相手にだけ歩を持たれることを恐れて角を投入したのに対して、この戸辺プロの角の投入は攻めの手。58手目の局面ではまだ後手のほうが良さそうだが、実戦的に迫る先手に対して、ミスなく勝ち切ることが後手に課せられた義務であり、権利なのだ。

今は翌日の朝5時。将棋は終わっている。昨晩、終局を見届けてから寝たのだが、59手目以降の感想を記す。

59手目、▲7五歩にて、後手の銀が死ぬことが確定した。ここで後手がどのような攻撃を継続していくのか?が注目点だったが、駒は取られる瞬間が一番働く、とはよく言ったもので、戸辺プロはギリギリに利かせるだけ利かせてから、形を乱すタダ捨てで手番をキープし続ける。

70手目△6四金と、角を取った先手の銀を取り返した時点では「▲角桂△金」で先手の駒得。玉の堅さは既に火が付き始めている先手穴熊と手付かずの後手陣で後手。手番は後手、ということでこのまま攻めが続けば例の「堅い・攻めてる・切れない」の典型となる。

そこからも先手の駒得は続くのだが、後手の手番も続く。そして少しづつ、先手の穴熊が崩壊していく。お互いの飛車が攻めに使えずに8筋一本で勝負になっているのは、先手が序盤に放った▲7五角からの構想が裏目に出たということ。逆に言えば、8筋の歩を取られたことを、戸辺プロが上手く逆用した組み立てをしているということだ。

本局のMOMは、92手目の△3五歩だろう。8筋・9筋での戦況を有利なものにしてから一転して逆サイドでの優位も確保しにいく。対穴熊の心得として焦りすぎない、というのがある。(角交換での穴熊は駒が偏っているためにそうなりがちだが)相手からの反撃の手がかりがなければ、焦らずに堂々と行けば良い。…のだがなかなか出来ない指し回しだと思う。

温い手のようにも見えた△3五歩だが、それに対する先手の応手は玉を正す手であり、次の△3六歩がまた後手の攻めのターンが継続していることを示している。96手目も抜かり無い利かせで、単に香車を打つよりもずっと効果的だ。そしてこれらが決め手となって、戸辺プロの攻めは振り解くことが出来なくなって、勝負が決まった。


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私は、角交換振り飛車における穴熊というのはどちらが指しても穴熊のほうが悪いのではないかと思っている。実際に居飛車を持っている時も、振り飛車を持っている時も、どちらでも相手が穴熊に組む、という将棋は経験しているし、アマの持ち時間の短い将棋ではどこまで行っても穴熊は穴熊であり、大変は大変なのだが、棋理としての良さが穴熊側にあるとはどうしても思えない。

よって本局においては、(順位戦では飯島プロの恐ろしく凝った形のイビアナをギリギリまで追い詰めたにも関わらず、負けてしまった戸辺プロだったが)、是非戸辺プロに勝ってもらいたいと考えていたので、(私は戸辺プロのファンだが)どちらのファンということだけではなく、見事な勝利で穴熊退治側の人間としてほっとしている。

現代将棋は、堅さを評価する世界観で構築されており、そしてプロの将棋というのは勝ってこそその存在意義が出てくるということで、仕方ない話なのだが、その部分が少し強調されすぎているように思う。気遣いの人である、木村一基プロが前回の朝日杯の解説会で、穴熊が頻出したことについて、やたらを申し訳なさそうにしていたのが印象的だった。

「現代将棋は穴熊という病に冒されている」と河口某氏のように嘆くのは簡単だが、観るファンとしては、対穴熊側に立って「マタギが熊退治が出来るかどうか?」という視点で将棋を愉しむことが出来るのではないか。少なくとも私は、基本的には穴熊ではない方を応援するようにして、将棋観戦を行っている。

最後に、強い所には勝つが、同年代?での取りこぼしが目立つという評や、最近不調では?という噂もあった戸辺プロだったが、私の知っている、序盤の作戦勝ちをテコにして形勢の差を広げていく戸辺将棋の真髄が発揮されていたように思われて、ホッとしている。

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最後に最近戸辺誠プロが始められたツイッターから喜びの声をお伝えしたい…と思ったらまだコメントがなかった。(ちなみに私は自分の将棋リスト(http://twitter.com/#/list/shogiwatch/shogi)に登録させていただいているのだが、戸辺プロは近しい人しかフォローされていないようなので何となくフォローしてません、スミマセン…)

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羽生に本気を出させた男 第51期王位戦白組プレーオフの羽生善治名人?戸辺誠六段戦

第51期王位戦白組プレーオフの羽生善治名人?戸辺誠六段戦

羽生名人vs戸辺六段。とちぎ将棋まつりの席上対局では互角の戦いを演じ、初の公式戦では相振り飛車で撃破した戸辺プロ。20代、低段者で羽生に勝ったのは棋界に4・5人しかおらず、対羽生名人戦の金星は文字通りの勲章だろう。プレーオフでもう一度対戦の機会を与えられた戸辺プロ。本日にむけて準備は万端だっただろう。

私はどちらが先手になっても、ゴキゲン中飛車の相穴熊になると予想していたが、なんと羽生名人先手で超急戦に。途中戸辺プロが覚悟を決めるのに要した時間を同じ長さで味わえたこと、中継があったことに感謝をしたい。この時間は32金と超急戦の逡巡ではない。選択の余地はなく急戦のつもりだっただろうが、その激流に飛び込むための決心の時間だったはず。

個人的には戸辺プロの良さは、序盤における機微の捉え方、それを有利への押し広げる力、良くなったと見切ってからの決断のよい寄せにあると考えている。そういう意味ではゴキ中の超急戦というのは本来の良さを最大限に発揮する将棋ではないが、羽生名人の超急戦の誘いに対して逃げることはできない。ここは勝っても負けても買う喧嘩、ということだ。

羽生名人は自身が直近で指した、例の王将戦をなぞって進める。戸辺プロも追従する。どこで手を変えるか?が注目点。そして昼食休憩を迎えた場面が戸辺プロの第二の決断の場面だと思う。ここ(▲6五香)での選択肢は△7二銀、△7一玉、△6四桂、△74銀など。駒を活用して良さそうなのは72銀、がっちり&催促は74、ちょっとひねって64桂馬。羽生さんが指されて一番警戒するのは71玉(久保戦を踏まえた研究があるはずだから)。私ならば形で72銀ですが形で指す将棋ではない。

以下少し脱線するが、私の主張を。ここで72に銀戻さないと王将戦のように一生使い道のない銀になってしまう印象がある。多分阿部隆プロも72銀に一目手が行くのではないか。ただし、筋など関係なく詰み迄読まなければいけない展開。(私は修羅のアマではなく趣味のアマで読まないのでノータイムで72銀です…。)(ここまで昼食休憩までをみてリアルタイムで書きました)。

戸辺新手は74銀と上からいく手段だった。羽生の香車の継ぎ足しに対しては、更に駒を投入する51桂馬。私が推奨した72銀はどうやら54桂馬があるので駄目ということらしいが、本譜の展開を思えば72銀で54桂馬を誘うという順はなかったのだろうか。(恐らくなかったのだろう)。

本譜は後手ががっちり駒を投入したのをみて、じっと今度は5筋に香車を据えた。動かす駒のない後手は22銀と竜を追い出す。先手は手順に15の好位置に竜を据える。羽生の終盤術で語られるところの「相手に指してもらってから動きたい竜」だった印象だ。指す手がない後手は89の桂馬を取り駒を補充する。馬筋が逸れるデメリットはあるが、駒を取ることによってそのデメリットを減じている。のちの桂馬の活躍具合でこの馬筋が逸れたことと駒を入手したことの収支が見合っていたのかどうか?が判明するだろう。

45手目、先手はじっくり▲54に歩を突き出す。次に歩成りが入ると終わりなので戸辺プロは△同角成りと食いちぎる。▲同香、△同飛。この局面でまた先手の手番。どういう風に良くしていくのか?と見ているとシンプルに63の地点で決済する羽生名人。バラしたあとの53手目、飛車の直射を怖がらずに▲75桂馬が狙いの一手。55との違いは銀が逃げると▲65竜がキツい、という意味。△51桂馬の受けに銀を取って、75からの再度の桂馬打ちから龍の転回は私にも見えた。しかしそれで決まっているかどうかは分からなかった。

現在19時時点では72手目、後手の玉が71の地点にぎりぎりで逃げ込んでいる場面まで進んでいる。ここに至るまでの間、羽生は1手ごとに比較的長い時間を費やした。それをみて優勢な局面でじっくり腰を落ち着けて考えられると(対戦相手の戸辺プロは)痺れるのではないか、と思ったのだが、1手ごとに考える状況をみて、それほど簡単ではないか、誤算があったのではないかと考え始めていたところだったが、この局面はあと一押しという状況。

ここであと一押し、絶妙な攻めの手があれば羽生名人の勝利は間違いないと思うが…というときに指されたのが65桂馬。これがどうやら「あと一押し」という手だったようだ。(ここまで19時?19時17分までのリアルタイムで書きました。)

今は21時。勝負は終わっている。既報の通り、戸辺プロは残念ながら破れてしまった。前述の▲65桂馬でどうやら攻めが繋がる目処がつき、その後の74香車が勝ちを決めた一着だったと思う。

私にはにわかに信じられないのだが、プロの中ではこの超急戦は振り飛車側が勝っているという。素人目には(以前も書いたのだが)、後手の41・61・81の金駒がどうにも気持ち悪い。金銀が全て一段目にいるのに玉が一人で63の地点を顔面受けしている。隣にいる飛車は頼れるどころかお荷物。これで後手が勝つというのは、どういうことなのだろうか。

羽生名人は、コンピュータ将棋的にいうと、相手なりに評価関数を微調整しているようなフシがあると私は見ている。戸辺プロの持ち味は十分に理解しているので、その良さが発揮しにくい超急戦を選択させたのだとすれば、若手に羽生名人が本気を出した(通常は羽生名人が胸を貸すような勝負になる)ということであり、名誉なことと言える。

羽生名人は赤組の優勝者である広瀬プロと挑戦権をかけて戦う。再び若手の振り飛車党との対戦である。羽生名人が先手になったとき、広瀬プロが採るのは四間飛車穴熊だろうか、それともゴキゲン中飛車だろうか。どちらの戦型になったとしても大変面白い戦いが見れるだろう。広瀬プロが、戸辺プロに続き「羽生名人に本気を出させるのかどうか?」に注目したい。



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(2007/04)
勝又 清和

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現時点の最新定跡は入ってませんが、その当時時点のゴキ中超急戦のサマリーは収まっています。次に期待するとすれば、遠山プロの「マイコミ将棋BOOKS 遠山流中飛車持久戦ガイド」の続編で、急戦ガイドがでるらしいので、そして遠山プロ曰く

ちなみに脱稿した本と全く同じ進展です。嬉しいようで、でももし万が一結論が大きく覆ったりしたら差し換えになるのでちょっと怖いような、そんな気分です。

脱稿


とのことなので、ゴキゲン中飛車の超急戦のどちらかをもつ人は必読だと思います。

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「将棋観戦記」というブログで、プロ棋士の将棋を観戦して思ったことを記しています。棋力はありませんが、将棋観戦の楽しさを一人でも多くの人に知ってもらい、「観る将棋ファン」を増やすために貢献できればと思います。主に順位戦速報・タイトル戦等、ネット中継されている将棋を中心に将棋観戦記を書いています。棋譜・符号はなるべく用いずに、将棋のルールが分からない人でも、将棋の勝負の面白みが伝わるように努力します。

基本的にはリアルタイムでの将棋観戦中に思ったことを書き溜めつつ、対局終了後の感想を付け加えて、将棋対局のあった翌日の朝7時頃にアップされるように将棋観戦記を予約投稿しています。「一日一観戦記」をモットーにしているので、同日にネット中継が重なった場合は、対局の重要度を個人的に評価して観戦記の投稿日を調整しています。

将棋観戦中に書き始め、対局が終了すると思われるところから観戦記を完成させていることが多いです。文章内の形勢判断は個人的主観によるもので、観戦中の控え室のプロの意見を取り入れず、将棋ソフトの解析を行なっていないため、形勢判断が正しくない可能性があります。

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