棋風と相性 第37期棋王戦第1局 ▲郷田真隆vs△久保利明

昨年の竜王戦、丸山忠久に続き、郷田真隆が久しぶりの挑戦権を獲得した。しかも相手が羽生善治ではない。佐藤でも森内でもなく、振り飛車党。羽生善治本人からタイトルを奪取した棋士は少ないと思うが、郷田は棋聖戦においてそれを達成している人間でもある。居飛車としては、この棋王戦においても、大いに期待したくなるところだ。

http://live.shogi.or.jp/kiou/kifu/37/kiou201202050101.html

しかし、である。近年の二人の対局の印象としては、石田流にもゴキゲン中飛車にもいいところがないように思われるのである。その点を懸念したが、珍しく?超速を用いてくれたので序盤はほっとした。

この将棋の見所は中盤までの駒組にあるだろう。この後手番の穴熊までの手順は凄い。恐らく、なのだが中田流の▲8六角の覗きの優秀性を認めた上での後手の改良策なのだと思う。(参考棋譜)。

この将棋の序盤の手順には惚れ惚れした。完璧な手順であり、53手目あたりの駒組合戦の結果は相当に後手を持ちたいところ。

そこからの先手の手順は待ちであり、長い抜き身を抱えた手負いの剣士が如く死んだふり攻撃が得意な郷田らしい展開ではある。

並の振り飛車党であればその間合いの範囲に知らずに入り込み必死剣鳥刺しを食らってしまうところだが、居飛車感覚に開眼した久保利明は手持ちの歩を粛々と貯めこむ。

細やかな、丁寧な手順を経て終盤戦に向かうが最初から最後まで、どこを切っても丁寧な将棋であり、久保利明という稀代の振り飛車指しが円熟の極みに達していることを伺わせるような将棋だった。

卓越した序盤戦術を菅井竜也というもう一人の天才と分かち合い、天賦の才であるところの裁き、師匠譲りの粘り、そして羽生世代との死闘で獲得した居飛車感覚。

これらが相まって、今後もやや後ろからついていく展開が予想される郷田真隆が苦戦しないはずがないように思われた完勝譜だった。


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(2011/12)
久保 利明

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Tag : ゴキゲン中飛車 久保利明 郷田真隆 相穴熊 羽生善治 菅井竜也

第51期王位戦第4局 ▲深浦康市?△広瀬章人

広瀬六段の2?1で迎えた深浦王位の先手番。ここまでの3局は先手番が勝っているので、どちらがそれを打ち破るか?でこのタイトル戦の趨勢が決まるように思われた。

1つリードした形で迎えた本局で広瀬挑戦者が何を用いるのか。一度穴熊で負けていることもあるので、ゴキゲン中飛車あたりだろうか?

第51期王位戦第4局 ▲深浦康市?△広瀬章人

結局後手番の広瀬プロは指し慣れた四間飛車穴熊に。中盤で王位戦で佐藤康光プロの異筋の桂馬があった将棋(先手佐藤勝ち)と大和証券杯における深浦広瀬戦(後手広瀬勝ち)と同一局面を迎える。

この意味は深浦王位が研究してきましたよ、ということだろう。対する広瀬プロはよく分からない。研究するのかもしれないし、序盤はある程度の類型化はしているものの、所謂終盤型でその場その場でひねり出しているのかもしれない。

本譜は深浦プロのとりあえずの用意があり、それを広瀬プロが知った上で経験としては相当であろうということで飛び込んだ、ということだろうと思う。

本局を振り返った広瀬プロのブログでは

「後手番で振り飛車穴熊を採用。結局相穴熊になり途中までお互いでの実戦経験がある形になり、そこで工夫の一手を指され未知の局面になりました。「こう進めば指せそうかな」と軽く考えていた順が全然指せそうもないことには自分でも呆れるしかありませんでした・・・結局どう指せば最善なのかわからず少し苦しいのを覚悟で粘りに出ることに」


ということらしい。

48手目の局面。
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この角は四間飛車対抗型では常にある手で、居飛車の囲いが舟囲いの場合は(ほぼ)常に振り飛車が良くなるような味の良い手だ。ただし相手が居飛車穴熊であることがどう影響するか。パッと見では舟囲いの時ほどには利いていないように思える。

そこから先手が二枚のと金を製造する手に乗って後手の広瀬プロが5筋に手がかりを作る。私の印象に残ったのが封じ手の局面59手目で先手の深浦王位が指した▲1一と金だ。

広瀬プロの持ち味はと金や歩による5筋、7筋方面への攻撃。例えば△7六歩と垂らした状態で△7七Xや、本譜のように5筋を交換してと金攻め等。

本譜の展開も居飛車に1?3筋でと金を作らせるが5筋から反撃して相当だろう、とパッと見思えてしまうし、5七に歩が成れるから後手の攻めが速そうだと思うのだが、この1一での香車の補充により間接的に後手の攻めをうけているのだった。

そして封じ手は△6四馬。これが前述の広瀬プロ言うところの粘りに行った手ということではないかと私は思ったのだが、どうだろうか。これに変えて△2九馬だと瞬間馬筋が逸れて遊ぶ感じがする。△3四歩はなかなか良さそうに思うのだが、先手が手に乗って歩を補充出来るのを面白くないとみたのだろう。

封じ手からの数手が凄かった。▲4九桂馬までの手順の意味は後手の唯一の主張点である五筋においても桂馬一枚分の駒得をもって数的優位を保持し、と金、4三にいると金の分だけ先手が良くなるはず、ということではないか。

開戦後の第一次折衝が終わり、封じ手以降の五筋を中心とした第二次折衝では、先手の攻め駒が見事に捌けたのに対し、後手の59・58の成金が重く飛車がなるところがない。

91手目の局面での形勢判断だが、玉の堅さは先手、駒の損得は▲角△金香で後手、手番は角出が飛車当たりになってるので後手は逃げるよりなく、先手。

後手の広瀬プロが飛車を逃げた手に対して93手目、深浦王位が指した竜切りが広瀬プロのお株を奪う穴熊らしいラッシュだった。

バラバラにされて後手の72の地点にほぼ無駄駒の香車が来た段階では先手のパンチが入っている状態だったようで、程なく先手の深浦プロが寄せ切り、2?2のタイに持ち込んだ。

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このまま先手番がキープし続けて最終局の振り駒勝負になるのだろうか。それともどちらかがブレイクして4?2で終わるのだろうか。そして三局目の先手番で居飛車を用いた広瀬プロだが、次はどうするのだろうか。


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(2009/05/23)
深浦 康市

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内容紹介
「九州にタイトルを持って帰る」
王位戦でそう公言した深浦康市は、フルセットの激闘の末、羽生善治からタイトルを奪取。見事約束を実現。昨年も羽生を退けて王位を防衛しました。

本書は、長崎県佐世保市に育った深浦がどのようにプロ棋士となっていったかを解き明かしたものです。
深浦の子どものときからの指導者が、プロになる厳しさと大変さ、そしてそれを実現していった深浦の様子を克明に記しています。
また、奨励会での熱戦譜など、深浦少年の棋譜を約60局収録。そのうち奨励会三段リーグの棋譜が40数局。
プロを目指す者たちの棋譜には、トッププロ同士の戦いにも負けない熱い思いがぎっしりと詰まっています。

プロ棋士を目指す子どもや、その指導者の方はもちろん、プロの片鱗に触れたい将棋ファンにも必読の書と言えましょう。



そこまで来て道半ばと言われる、三段リーグの棋譜が多いというのがこの本のポイントだと思います。

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Tag : 将棋 深浦康市 広瀬章人 相穴熊 羽生善治 佐藤康光

ロシアンルーレット(羽生名人、相穴熊の後手番居飛穴で初の負け) 王位戦 挑戦者決定戦 ▲広瀬章人五段-△羽生善治名人

王位戦 挑戦者決定戦 ▲広瀬章人五段-△羽生善治名人

プレーオフに引き続き、挑決も若手vs羽生名人という構図。戸辺と広瀬には幾つかの共通項がある。まずは奨励会同期入会の同学年であること。そして揃って6割8分台の高勝率を誇るということ。渡辺に続く世代の頭であることは間違い無い。そして振り飛車党であること。(もっとも広瀬は完全な振り飛車党というわけではない)。そして採血(略


戦前の戦型予想ならぬ戦型希望は、羽生名人が先手での四間飛車穴熊だったが、広瀬プロが先手で四間飛車穴熊を用いた。四間飛車穴熊。過去従来の常識では飛車先の分だけ居飛車有利ということだった。もっとも、アマチュアではいつでもどこでも猛威を奮っている戦法ではある。

そんな中に現れたのが広瀬プロだった。蒲田方面でのアマチュアとの研究会で、その面白さに気づいた。以下、広瀬章人プロ・遠藤正樹氏の共著である「とっておきの相穴熊 [マイコミ将棋BOOKS]」の広瀬による、まえがきからの引用。

私は奨励会に入るまで、穴熊をほとんど指したことがなかった。それがある時から突然穴熊を指すようになった。それは、今回、共著させていただくことになった遠藤正樹さんを筆頭とする、数多くの穴熊使いのアマ強豪の影響を受けたからである。

もともと相穴熊はアマチュアの間で人気のある戦法であり、プロの公式戦では年に数えるほどしか指されていない。私は奨励会時代数々のアマ強豪と相穴熊を指し、切磋琢磨してきた。気がついたら得意戦法は「振り飛車穴熊」になり、無事に奨励会を卒業することができた。私にとって相穴熊は思い出深い戦法なのだ。(後略)



広瀬プロにとって穴熊が「頼れる相棒」であるところを理解してもらったところで、対局の感想に入りたい。

そういうわけで、広瀬プロは振り穴を得意としている。プロ棋戦においてもその相棒で高勝率を上げている。対する羽生名人も凄い。後手番で居飛車穴熊を完成させた場合の通算成績が19?2。勝率でいうと9割を超えている。2つの負けについて気になるところだと思うが、1つ目の敗戦は私がまだ将棋を真面目に見ていた頃のもので覚えていたのだが、98年藤井猛プロとの、竜王戦挑戦者決定戦での一局。藤井システムが知れ渡る前の対戦であり、その全貌は明らかになっていないが、居飛車で攻めまくるという思想は藤井システムそのもの。手数は掛かっているが、序盤の応接で既に先手の藤井プロが良くなっており、完勝だった。

この将棋で驚いたのは歩損を代償に穴熊に組み上げた羽生名人だったが既に為す術がなかった、というあたりだろうか。54・34の歩を攻めの銀で取られてしまう展開で私の穴熊退治における思想の根幹を成している将棋でもある。

もう一局の「羽生名人が後手番で居飛穴に組んで負けた将棋」は公式に棋譜が公開されているので紹介したい。こちらは久保プロとの「第57期王将戦七番勝負第3局」。こちらの戦型もなんと対藤井システムであり、ここでも藤井システムの優秀性、藤井猛プロの偉大さが分かるというもの。(ちなみに二敗目の情報は銀杏記者の呟きから勝手に拝借しました。ありがとうございます。)

藤井・久保という二大振り飛車巨頭がようやく羽生の後手居飛穴を粉砕しているが、それは相穴熊によるものではなく、藤井システムである、というところが本対局を鑑賞する前に押さえておくべきポイントになる。即ち、羽生は後手番で相穴熊戦で負けたことが無い、ということだ。

この対戦時の棋譜コメントで初めてしったのだが、広瀬プロは「強心臓っぷり」が有名らしい。詳しくは上記観戦コメントの13手目を観て欲しいが、このコメントが予言となったかのような将棋と本人の対局後の感想となるので必読だろう。

将棋の指し手は途中までは見慣れた風景。しかし37手目の広瀬プロの手は相穴熊に詳しくない私には新鮮に映ったが、確かに取りにくい歩だ。この手を境に私がみたことのない方針を先手が見せる。具体的には銀で45の位を確保し、左翼の金銀を穴熊に寄せるのではなく、4筋に縦に並べた。そして極めつけが飛車を3筋に転回するのではなく、5筋に置いた。35の歩は取らない、この歩を残したまま本譜のように34に歩を投入できれば3筋の歩の関係だけで先手が良くなる、という思想だろうか。

気になるのが51手目の58飛車。これは研究だったのか、或いはその場でひねり出したのか。私は完全な同一局面では無いにしても、この4筋への金銀の配置と合わせて、事前の研究において想定されたものなのではないかと推察する。

羽生名人は知ってか知らずか、広瀬が想定しているであろう局面まで飛び込んでいく。60手目の局面、羽生名人が激しい順でもやれますよ、という手に対して広瀬プロが考える。控え室はこれを取るのは先手自信無しとみて、46に引く手を予想していた。

ツイッター上の、私がリスト化している将棋の呟きをみる限りでは、アマ高段の方々はこの局面をみて振り飛車がやれますよ、というニュアンスの呟きを残されていたように記憶している。34の地点の歩を大きくみているようだった。

こうなるとほぼ一直線に進む。その場面でどちらかの熊がどちらかの喉元に食らいついている可能性がある。私は、相穴熊というのはロシアンルーレットのようなものだと考えている。ルーレットの大きさは分からないのだが、確実に弾は入っている。くるりと回して偶数回か奇数回のどちらかに、弾は収まる。先は長いかもしれないが、いつか確実にどちらか一方は斃れる。

もしかすると、本局において、広瀬はそのルーレットを羽生よりも熟知していたのかもしれない。5筋に飛車を回った段階で、この一直線の殴り合いの先にある局面では、偶数回に弾がセットされることに気づいていた可能性。54手目の△31金でもう後戻りの出来ないロシアンルーレットが始まっていた。弾はどちら側に装填されているのだろうか。

激しいやり取りの最後、羽生が二手連続で考慮に沈んでいる。しかしもうセット済みでどうすることも出来ない。変化のしようがなかった。

4七の地点での二枚替えを狙った羽生名人に対して先手の広瀬プロは手厚く83角。馬を引きつけて手がないでしょう、というもの。この手はツイッター上で読み筋を展開してくれるGPS将棋、並びに上記将棋リスト上でつぶやかれるアマ高段の方が穴熊党の感覚として挙げられていた。

GPSが予想する手が続き、広瀬プロがGPSが上げていない強い手を指した。それが73手目の74角成りという手。これが吉と出るか凶と出るか。手順に桂馬を取りながら馬当たりになる△77飛車成りに対する▲56馬の引きつけが手厚いので、後手に指し手がみえないという控え室のプロ。

そこで羽生名人が放ったのは馬が効いているにも関わらず47の金を食い千切るという、最強の一手だった。このあたりの手順全て控え室は予想を外すのだが、そのやり取りが面白いので是非コメント欄を観て欲しいところ。そして冗談で言ったと思われる佐藤天彦プロの言葉は真理だと思う。

少し逸れるが。アマの鑑賞者にとって控え室で行って貰いたいのは「次の一手大会」ではない。実現する手順は対局者が見せてくれるので、実現しなかった世界・思想を語って欲しいと思うので、77手目の天彦プロのコメントは真理なのだ。


羽生名人の47の地点への強襲は、食らいつくことが出来れば歩切れなど関係ない将棋という意味だと見ている時に私は思った。もしこのまま攻めが続くのであれば、74の地点に歩を捨てて手順に桂馬を取り、攻撃のターンを握った意味が出てくる。そんな中で指された79手目、55馬が勝利の一着。銀を見捨てて攻撃のターンを奪うという穴熊党らしい手だった。

81手目の局面をじっくりと眺めて欲しい。この一手で完全に攻守がくるりと切り替わっていることが分かる。ここにきて序盤の45歩、そして中盤の34歩が恐ろしいほどに効いている。同玉は角を打たれそうだし、同金は本譜の通りに銀を打たれる。

この手をみて、羽生名人は負けを認め、深浦プロは控え室から去った。そして今、私が思うのはこの展開が後手負けであるとして、その後手負けというのが決まったのがいつなのか?ということだ。

相穴熊というのは純粋な計算の世界に飛び込んでいる瞬間というのが他の戦型よりも早い可能性がある。梅田望夫氏いうところの豊穣な世界が広がる81マスの将棋の盤面だが、相穴熊というのは無機質な世界なのかもしれない。日本のように四季のある風景ではなく、夜は氷点下、昼間は摂氏50度という砂漠の荒野で戦う人間とターミネーターの姿を思い起こさせたツイッター上でのつぶやきを紹介してこの感想を締めたいと思う。

相穴熊は「最善」手でもなく、「最強」手でもなく、「完璧」手ですか。「神の寄せ」があるゲームが相穴熊だとしたら、逆説的だけど、これからのコンピュータと人間との戦いで最後まで残っている砦は相穴熊戦なのかもしれない。散々言われてきたことではあるけれど、今日の将棋で改めてそれを感じた。



これを機に広瀬流の穴熊の極意を学びたい方はどうぞ。

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Tag : 広瀬章人 羽生善治 相穴熊 王位戦 挑戦者決定戦 藤井猛 梅田望夫