ロシアンルーレット(羽生名人、相穴熊の後手番居飛穴で初の負け) 王位戦 挑戦者決定戦 ▲広瀬章人五段-△羽生善治名人

王位戦 挑戦者決定戦 ▲広瀬章人五段-△羽生善治名人

プレーオフに引き続き、挑決も若手vs羽生名人という構図。戸辺と広瀬には幾つかの共通項がある。まずは奨励会同期入会の同学年であること。そして揃って6割8分台の高勝率を誇るということ。渡辺に続く世代の頭であることは間違い無い。そして振り飛車党であること。(もっとも広瀬は完全な振り飛車党というわけではない)。そして採血(略


戦前の戦型予想ならぬ戦型希望は、羽生名人が先手での四間飛車穴熊だったが、広瀬プロが先手で四間飛車穴熊を用いた。四間飛車穴熊。過去従来の常識では飛車先の分だけ居飛車有利ということだった。もっとも、アマチュアではいつでもどこでも猛威を奮っている戦法ではある。

そんな中に現れたのが広瀬プロだった。蒲田方面でのアマチュアとの研究会で、その面白さに気づいた。以下、広瀬章人プロ・遠藤正樹氏の共著である「とっておきの相穴熊 [マイコミ将棋BOOKS]」の広瀬による、まえがきからの引用。

私は奨励会に入るまで、穴熊をほとんど指したことがなかった。それがある時から突然穴熊を指すようになった。それは、今回、共著させていただくことになった遠藤正樹さんを筆頭とする、数多くの穴熊使いのアマ強豪の影響を受けたからである。

もともと相穴熊はアマチュアの間で人気のある戦法であり、プロの公式戦では年に数えるほどしか指されていない。私は奨励会時代数々のアマ強豪と相穴熊を指し、切磋琢磨してきた。気がついたら得意戦法は「振り飛車穴熊」になり、無事に奨励会を卒業することができた。私にとって相穴熊は思い出深い戦法なのだ。(後略)



広瀬プロにとって穴熊が「頼れる相棒」であるところを理解してもらったところで、対局の感想に入りたい。

そういうわけで、広瀬プロは振り穴を得意としている。プロ棋戦においてもその相棒で高勝率を上げている。対する羽生名人も凄い。後手番で居飛車穴熊を完成させた場合の通算成績が19?2。勝率でいうと9割を超えている。2つの負けについて気になるところだと思うが、1つ目の敗戦は私がまだ将棋を真面目に見ていた頃のもので覚えていたのだが、98年藤井猛プロとの、竜王戦挑戦者決定戦での一局。藤井システムが知れ渡る前の対戦であり、その全貌は明らかになっていないが、居飛車で攻めまくるという思想は藤井システムそのもの。手数は掛かっているが、序盤の応接で既に先手の藤井プロが良くなっており、完勝だった。

この将棋で驚いたのは歩損を代償に穴熊に組み上げた羽生名人だったが既に為す術がなかった、というあたりだろうか。54・34の歩を攻めの銀で取られてしまう展開で私の穴熊退治における思想の根幹を成している将棋でもある。

もう一局の「羽生名人が後手番で居飛穴に組んで負けた将棋」は公式に棋譜が公開されているので紹介したい。こちらは久保プロとの「第57期王将戦七番勝負第3局」。こちらの戦型もなんと対藤井システムであり、ここでも藤井システムの優秀性、藤井猛プロの偉大さが分かるというもの。(ちなみに二敗目の情報は銀杏記者の呟きから勝手に拝借しました。ありがとうございます。)

藤井・久保という二大振り飛車巨頭がようやく羽生の後手居飛穴を粉砕しているが、それは相穴熊によるものではなく、藤井システムである、というところが本対局を鑑賞する前に押さえておくべきポイントになる。即ち、羽生は後手番で相穴熊戦で負けたことが無い、ということだ。

この対戦時の棋譜コメントで初めてしったのだが、広瀬プロは「強心臓っぷり」が有名らしい。詳しくは上記観戦コメントの13手目を観て欲しいが、このコメントが予言となったかのような将棋と本人の対局後の感想となるので必読だろう。

将棋の指し手は途中までは見慣れた風景。しかし37手目の広瀬プロの手は相穴熊に詳しくない私には新鮮に映ったが、確かに取りにくい歩だ。この手を境に私がみたことのない方針を先手が見せる。具体的には銀で45の位を確保し、左翼の金銀を穴熊に寄せるのではなく、4筋に縦に並べた。そして極めつけが飛車を3筋に転回するのではなく、5筋に置いた。35の歩は取らない、この歩を残したまま本譜のように34に歩を投入できれば3筋の歩の関係だけで先手が良くなる、という思想だろうか。

気になるのが51手目の58飛車。これは研究だったのか、或いはその場でひねり出したのか。私は完全な同一局面では無いにしても、この4筋への金銀の配置と合わせて、事前の研究において想定されたものなのではないかと推察する。

羽生名人は知ってか知らずか、広瀬が想定しているであろう局面まで飛び込んでいく。60手目の局面、羽生名人が激しい順でもやれますよ、という手に対して広瀬プロが考える。控え室はこれを取るのは先手自信無しとみて、46に引く手を予想していた。

ツイッター上の、私がリスト化している将棋の呟きをみる限りでは、アマ高段の方々はこの局面をみて振り飛車がやれますよ、というニュアンスの呟きを残されていたように記憶している。34の地点の歩を大きくみているようだった。

こうなるとほぼ一直線に進む。その場面でどちらかの熊がどちらかの喉元に食らいついている可能性がある。私は、相穴熊というのはロシアンルーレットのようなものだと考えている。ルーレットの大きさは分からないのだが、確実に弾は入っている。くるりと回して偶数回か奇数回のどちらかに、弾は収まる。先は長いかもしれないが、いつか確実にどちらか一方は斃れる。

もしかすると、本局において、広瀬はそのルーレットを羽生よりも熟知していたのかもしれない。5筋に飛車を回った段階で、この一直線の殴り合いの先にある局面では、偶数回に弾がセットされることに気づいていた可能性。54手目の△31金でもう後戻りの出来ないロシアンルーレットが始まっていた。弾はどちら側に装填されているのだろうか。

激しいやり取りの最後、羽生が二手連続で考慮に沈んでいる。しかしもうセット済みでどうすることも出来ない。変化のしようがなかった。

4七の地点での二枚替えを狙った羽生名人に対して先手の広瀬プロは手厚く83角。馬を引きつけて手がないでしょう、というもの。この手はツイッター上で読み筋を展開してくれるGPS将棋、並びに上記将棋リスト上でつぶやかれるアマ高段の方が穴熊党の感覚として挙げられていた。

GPSが予想する手が続き、広瀬プロがGPSが上げていない強い手を指した。それが73手目の74角成りという手。これが吉と出るか凶と出るか。手順に桂馬を取りながら馬当たりになる△77飛車成りに対する▲56馬の引きつけが手厚いので、後手に指し手がみえないという控え室のプロ。

そこで羽生名人が放ったのは馬が効いているにも関わらず47の金を食い千切るという、最強の一手だった。このあたりの手順全て控え室は予想を外すのだが、そのやり取りが面白いので是非コメント欄を観て欲しいところ。そして冗談で言ったと思われる佐藤天彦プロの言葉は真理だと思う。

少し逸れるが。アマの鑑賞者にとって控え室で行って貰いたいのは「次の一手大会」ではない。実現する手順は対局者が見せてくれるので、実現しなかった世界・思想を語って欲しいと思うので、77手目の天彦プロのコメントは真理なのだ。


羽生名人の47の地点への強襲は、食らいつくことが出来れば歩切れなど関係ない将棋という意味だと見ている時に私は思った。もしこのまま攻めが続くのであれば、74の地点に歩を捨てて手順に桂馬を取り、攻撃のターンを握った意味が出てくる。そんな中で指された79手目、55馬が勝利の一着。銀を見捨てて攻撃のターンを奪うという穴熊党らしい手だった。

81手目の局面をじっくりと眺めて欲しい。この一手で完全に攻守がくるりと切り替わっていることが分かる。ここにきて序盤の45歩、そして中盤の34歩が恐ろしいほどに効いている。同玉は角を打たれそうだし、同金は本譜の通りに銀を打たれる。

この手をみて、羽生名人は負けを認め、深浦プロは控え室から去った。そして今、私が思うのはこの展開が後手負けであるとして、その後手負けというのが決まったのがいつなのか?ということだ。

相穴熊というのは純粋な計算の世界に飛び込んでいる瞬間というのが他の戦型よりも早い可能性がある。梅田望夫氏いうところの豊穣な世界が広がる81マスの将棋の盤面だが、相穴熊というのは無機質な世界なのかもしれない。日本のように四季のある風景ではなく、夜は氷点下、昼間は摂氏50度という砂漠の荒野で戦う人間とターミネーターの姿を思い起こさせたツイッター上でのつぶやきを紹介してこの感想を締めたいと思う。

相穴熊は「最善」手でもなく、「最強」手でもなく、「完璧」手ですか。「神の寄せ」があるゲームが相穴熊だとしたら、逆説的だけど、これからのコンピュータと人間との戦いで最後まで残っている砦は相穴熊戦なのかもしれない。散々言われてきたことではあるけれど、今日の将棋で改めてそれを感じた。



これを機に広瀬流の穴熊の極意を学びたい方はどうぞ。


関連するタグ 広瀬章人 羽生善治 相穴熊 王位戦 挑戦者決定戦 藤井猛 梅田望夫

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