「広瀬の振り穴だけ何故堅い?」問題 第51期王位戦第1局 ▲広瀬章人-△深浦康市

第51期王位戦第1局 ▲広瀬章人-△深浦康市

振り穴王子こと広瀬プロの初舞台。ここで奪取するのと失敗するのでは、今後の棋士人生において相当に違ってくる…と語っていたのは週刊将棋のインタビュー記事。その心意気で気分が高まったのだろうか、対局開始前の駒を並べる際に手が震えていたという情報が中継コメントに寄せられた。

私の事前の戦型予想としては、先手でも後手でもまずは四間飛車穴熊をぶつけるだろう、というもの。恐らく他の誰もが、対局者の深浦プロもあわせて考えたことだろう。二日制のタイトル戦において、作戦家の深浦プロがどのような作戦を用意しているのか。広瀬プロの振り飛車穴熊は、来ると分かっても打てない球なのかどうか。

私の予想では、広瀬プロは頼れる相棒としての振り飛車穴熊が打たれるまでは連投してくるのではないかと思う。実績や経験では深浦プロに劣る広瀬プロが、振り穴以外も上手く指しこなすとはいえ他の戦法を積極的に投入する理由はない。

先崎プロがいつぞやの週刊文春の連載で広瀬プロを評した回があった。その中で村中プロの言葉として「あれだけ振り穴で勝っているのに誰も真似しない」という言葉が紹介されていた。確かにそうだ。あれだけ穴熊で勝ちまくっているにも関わらず、羽生を破っているにも関わらず、誰もまねをしない。

手の内を見せないとか見せるとかそういう問題ではなく、ほぼ序盤は定型化されているにも関わらず、打てない広瀬プロの穴熊。その穴熊を誰も真似しないというのは、穴熊が優秀なのではなく、広瀬プロが優秀であることを暗に示しているといえる。真似をしないのではなく、真似が出来ない、ということだ。

そうこうしているうちに局面は進み、やはり広瀬プロは四間飛車穴熊を選択する。後手の深浦プロも穴熊で相穴熊に。後手の工夫は何か?と見ていたが、正直私レベルのアマでもその工夫は実るようには思えないものだった。40手目の局面、後手だけ玉側の端歩を突いており、先手がお付き合いしてくれなかった。3二の金が浮いており、3三の銀は手損に引いている。右金はまだ連結できていない。

(ちなみに広瀬章人プロが挑戦を決めた時一時的に売り切れたという噂の著書「
とっておきの相穴熊 [マイコミ将棋BOOKS]」では、p23にて、相穴熊戦における端歩というのは横の攻め合いが間に合わなくなったら、仕方なく端攻めするものだ、というニュアンスで端歩の意味を語られています。広瀬将棋で端歩の突き合いが少ないのは、横からの攻め合いだけで手にする、という意思の現れと観ることもできます)

封じ手前の手順の応酬は、相当に強気なものであり、広瀬プロがこの手順を選んだという時点で、これは先手が指せるのではないかと思わせるものがある。ちょうど、王位戦挑戦を決めた羽生名人との対局において、中盤で強気な手順を選び、結果的にはそれが正しかったことを思い出させるし、或いはその出来事をもって、説得力が増しているのかもしれない。(ここまで1日目)。

封じ手はこの展開だと先手が良さそうと思われていた△6五桂だった。待ってましたとばかりに角を切る広瀬プロ。しばらくは解説者の永瀬プロが予想していた手順で進む。しかし59手目の▲5三銀が意表の銀打ち。一目重そうに見えるのだが…というのはプロならずとも分かる。

最後まで進んで漸くわかったが、66手目の局面では後手の金が二枚とも不安定な状態。一方の先手陣は金銀4枚が連携した穴熊のまま。駒の損得はないものの、穴熊の世界、穴熊のルールでは堅いほうが有利としたもの。

二日目の昼食休憩の局面では手番を握っている先手の広瀬プロが角を苛める手順がみえており、玉の堅さと手番が先手にあるという意味でやや先手のほうが指しやすそうだ。

今は18時30分。昼食休憩後も細かいやり取りが盤面の左側で行なわれたが、その結果また少し広瀬プロが得をしていた。

79手目の▲3八金寄り。
100715_79.jpg


この一手が広瀬穴熊の繊細さを表している。四枚穴熊を完成させた手で印象的だったのは森内-丸山で行なわれた名人戦だろうか。四枚穴熊を完成させる手をみて、森内プロが投げた、という将棋だ。第17回全日本プロトーナメント第1局だろうか(参考:第17回全日本プロトーナメント第1局)。あの将棋の四枚穴熊にも驚いたが、この将棋における四枚穴熊の味には敵わない。


戸辺プロの振り飛車にも共通するところだが、序盤から徐々に模様を良くして、それをテコに形勢の差を広げていくのが上手いのが広瀬振り飛車。歩を垂らされれば歩を受け、強引に金駒を取るために歩頭に桂馬を打った手に対して、角を打った後の手順がまた味わい深い。直ぐに着手されると思われていた▲3五歩が決行されるまでの手順、後手の竜を三段目に引かせて、角を見捨ててからの▲3五歩というのは、パッと見では、多少損をしたように思われたようでいて、後で働くのだから恐ろしい。

この角は取られないであろう、取ればこちらが良いですよ、という読みがあっての一連の手順であり、深浦プロもその構想を認めたから角を取らずに飛車を5一に打ち下ろしたわけだが、そこから先の手順を見る限り、このあたりでは既に先手が勝ちやすい状況だったようだ。

103手目に取られる価値すらなかった角が働いては、勝負ありだろうか。根性の粘りが身上の深浦王位だが、相穴熊ゆえの制約の多さで粘りようがない。シンプルな計算の世界に入ってしまうと、どうにもならないというのを改めて認識させられた一局だった。

問題は、どこからが計算の世界だったのか?ということだろう。本局を厳密に調べたとき、計算の世界に足を踏み入れていたのは何手目なのだろうか。

タイトル戦は挑戦者が先勝したほうが盛り上がる。そういう意味ではタイトルの行方はまだまだ分からない。しかし次の後手番で広瀬プロが穴熊を投入したとき、先手番としての得を活かした上で、深浦王位が勝ち切れるのかどうか。その結果によっては四タテまであるかもしれない、と思わせるような完勝劇を、広瀬プロがweb中継がある対局において見せているのは事実である。



とっておきの相穴熊 [マイコミ将棋BOOKS]とっておきの相穴熊 [マイコミ将棋BOOKS]
(2007/10/23)
広瀬 章人遠藤 正樹

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アマチュア界の穴熊スペシャリストである遠藤正樹氏をして、手の見え方が尋常ではないと言わしめる広瀬章人プロの読み筋、考え方満載の一冊。少し高度な内容になっていますが、穴熊の心得を知るためには最適です。

そういえば、チャット解説の佐藤慎一プロ、初日の永瀬プロと同じぐらいに良かったです。大和証券杯の解説でかなり良いことは分かっていましたが、自身で入力するチャット能力も高く素晴しかった。これは再オーダーしたい!と思わせる二人の解説に感謝。

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