咎められるべき手と控えめな好手 将棋世界2010年7月号の感想

毎月書いているので今月も「将棋世界 2010年 07月号 [雑誌]送料無料です」の感想を記す。


第68期名人戦七番勝負[第4局]大逆転の防衛劇 観戦記:大川慎太郎
大きな棋戦になればなるほど、ネット中継も充実しており、新聞や専門誌は難しくなる。悪い観戦記では勿論ないのだが…。個人的には44角打ちに対する選択肢、寄せに行かない場合の情報が欲しかった。43金と打てば32歩成の両王手に強く同玉と取ってどうか。…と思いましたが22に金打たれて再度32歩が詰めろですね。失礼しました。

序盤、私の疑問が解消される話が載っていてよかった。私の観戦中の疑問は「▲47銀に△23銀だとして、すぐに▲24歩という手はないのでしょうか?それを嫌だと△24歩では▲同飛で、桂馬のはねるところがないか。(△46歩に▲同角で空振り)。となるとしゃがみのままで行くしか無い?あと△25に歩を打って▲24に垂らされるような将棋が矢内さんのであったような。」。自己レスとしては「そうか。封じて▲47銀に対して、△23銀としても全然大丈夫なんですね。▲24歩ならかわしておいて、次の手が無いので24歩は無いでしょうと。そうすると少し組合うんですか?」。

しかし本譜の展開を思えば、激しく行くしかなかったようです。私は角交換するこの形は後手を持って面白くないと思うのですが、三浦プロの33桂馬からの角交換拒否は本譜の展開になるのであれば相当に有力ではないかと。したがってやはり先手は強く行く▲24歩の筋を掘り下げたいと思いますが、その手順に不安が残る場合、一手損の手順で5手目に▲78金が指せなくなるんですね。

もし9Pで示された手順が想定正着なのであれば、個人的には後手を持ちたい。プロならいざ知らずアマだと後手のほうが指し易い、方針が立てやすいと思う。

最近のプロ棋戦において、5手目78金が省略される形で一手損に進む理由としては、名人戦第四局が確実に関係していると私は思います。(あとは坂田流もあります)。そういう意味ではこの第四局というのは重要な将棋になっているのではないでしょうか。



【対談】久保利明二冠×谷川浩司九段 ツートップ、関西新時代を語る 司会:鈴木宏彦
これは観る指すどちらのファンにも面白い話ではないでしょうか。巻頭カラーはこういう、どちらのファンでも楽しめるインタビューがあるのは良いと思います。スポーツ雑誌を参考にすれば自ずと、という話ですね。スポーツ雑誌は技術論が載ることもありますが、どちらかと言えば観るファン重視のことが多いでしょうし。



第68期名人戦七番勝負 羽生善治名人×三浦弘行八段
 【第3局】 二転三転、極限の終盤戦 観戦記:伊藤能五段

速報性としての意義が以前よりも一層薄れていることを考えれば、この結論を先に持ってくるという書き方は今後より多く出てくるであろう。録画した野球中継を結論を知らずに楽しみたい時は別にして、本号のように防衛が決まってしまったことが知れ渡った後の観戦記であれば尚更。あとは鬼六組であるところの伊藤能プロならではの裏話もあり楽しめました。詳しくは団鬼六先生のブログの「名人戦」を御覧下さい。


 【第2局】 エッセイ 研究の功罪 文:梅田望夫  
今回はじめて気づいた気がするのですが、文:誰それ、という場合と観戦記:誰それ、となっている場合があるのですね。今回でいうと梅田さんと一瀬さんのがそうなっています。基準はなんなのだろうか?どちらも広くは観戦記だと思うのですが。本業が将棋観戦記者か将棋プロの場合は観戦記で、他の人は文ということなのでしょうか?たとえば昔の菊池寛や山口瞳が書いた場合も「文:」を用いるような感じだったのでしょうか?些細なことで特に他意はないのですが、純粋に素朴に気になりました。

梅田氏のこの記事の評価や補足については、別途「名人戦第二局の封じ手をめぐって」「男の黒ミントキャンデーが美味しい日」をご覧いただきたい。どれも素晴らしい考察だと思う。これらが示すのはスポーツライター等である手法、例えば、「江夏の21球(LDとVHSしか出てないのですか…)」のような手法だろうか。

指すファンであっても観るファン視点というのはあるわけで、その時にこういった一手の周辺事情を拡大していくという手法は有効だと思う。異業種からの参入がその世界を活性化させるということはよくある話なので、この試みが触媒となって、新たな動きが将棋専門誌(紙)に起こって欲しいと考えている。もっと過激なことをいえば、これらは疑問手である可能性もあるということだ。プロである方々はこれを上回る好手を指すことが求められている。


第21期女流王位戦五番勝負[第1局] 清水市代女流王位×甲斐智美女王 勢いと経験 文:一瀬浩司
一瀬氏が編集部に入った理由をいつぞやの将棋世界の「観戦記」で理解した(棋力が高い上に文章が上手い)のだが、本記事も良いと思う。個性とアクは裏表であり、特に編集部の人の場合、それがある人には好意的に捉えられ、ある人には不評となることがある。そういうリスクを感じさせない、誰が読んでも良質な観戦記だと思う。奇抜な面白みはないが、編集部の書く文章にそれは求められていないという意味において最善手だと思う。

この将棋は鈴木大介プロが解説だったということもあり、リアルタイムでは相当に面白い解説ぶりが聞こえていたのだが、そのエッセンスを上手く取り入れつつも上品に仕上げている(鈴木プロが下品という意味ではありません。。)



リレー自戦記 [第25回]甲斐智美女王 第3期マイナビ女子オープン五番勝負第3局 VS矢内理絵子「初タイトルを獲って」
失礼ながら、口元が緩んでしまった。なんと愛らしい文章だろうか。ですます体と解説部分の切り替わり具合というか、解説部分においても甲斐女王がどのような性格なのか、というのがよくわかる気にさせられる文章。若かりし頃、クラスにこういうタイプの女子がいたなあ、あの子は今どうしているだろうか、というような昔の記憶に思いを馳せることにもなった。


逆転の心得[鈴木大介八段編1]
この連載?はかなり私は好きです。このシリーズ、書籍化まであります。前回の深浦プロのも良かったですが、今回のは最良レベル。鈴木大介プロのエピソードで面白いものは沢山あるのだが、中でも私が好きな話の一つとして、子供の頃、自分の星取表を記して、勝率を計算していた、というようなものがある。そういうタイプの人は自分の必殺技とか奥義とか、ゲーム感覚(まあゲームな訳ですが)で自分の将棋観を言語化することを楽しんでいることが多いと思う。

鈴木大介プロの解説の面白さはそういう専門用語に偏らずに咀嚼消化された上での鈴木語録の面白さによるところが大きい。しかもためになる。面白くてためになるとあれば、鈴木プロの書籍があれだけ出ている理由も納得できるというもの。


突き抜ける!現代将棋 第10回 ゴキ中愛の声を聞け! 講師:勝又清和 構成:浅川浩
これは観る指すどちらのファンにも面白い回に仕上がっている。本号のMVP候補。講座の途中のコーヒーブレイク的な位置づけ。とはいえしっかりポイント図は記されており、その場面からの手順をなぞるだけでも勉強になります。


将棋世界企画 真剣勝負! 東西対抗フレッシュ勝ち抜き戦[最終戦]渡辺明竜王VS久保利明棋王・王将 東西の意地、ここに集結す  構成・観戦記:鈴木宏彦
遂に決着した東西戦。戦型がアマチュアとしては注目すべきものであり、渡辺竜王の対策がいかにもらしい。これをみて、対広瀬戦の構えとの共通項を思い出した。キーワードは後回し。現代将棋においては後回しが常にテーマとなっていることを実感させられる手順だった。終盤が対抗型ならではの、アマでも場面認識が出来てなおかつ面白いものなので一度は変化も含めてなぞっておきたい棋譜になっている。


感想戦後の感想 「第59回」野月浩貴七段 高橋呉郎
これもそろそろ書籍化してくれませんでしょうか。どこかで。いつも毎回楽しく読んでいます。


関西棋界みてある記 東和男
ふと気づくと、このタイプの河口さん風?の観戦記はここだけになってしまった。確かに変化は必要だし、老人風のいかがなものか論調のものが重要な位置を占めているのは宜しく無い。その点、東プロの、関西特有の?軽妙さがあるので毎回美味しく楽しく読むことが出来ている。

別冊付録:第16回升田賞 飯島流引き角戦法 飯島栄治六段
そういえばこれはまだ読んでいない。どこに置いたか…と探して発見。良かった。



金井・長岡の順位戦大予想
恒例のこの予想、口は災いの元コンビから誠実堅実なコンビにと変更になった。来期は関西若手でどうでしょうか?

柔らかすぎて面白みに欠ける、という意見もあるかもしれないが私はこのぐらいが丁度良いと思う。一番面白かったのはやはり橋本プロに対する声援?だろう。特に長岡プロは前期の橋本プロによる評を覚えている人にとっては味わい深い大人の一着だと思う。嫌味なのかどうなのかが分からないぐらいのスレスレのニュアンスで書かれるべきコーナーだと思う。(蛇足だが長岡プロに嫌味の意図は全くないだろう)。

これを読んでも目立つのが金井プロの性格の良さ。親御さんの躾が良かったのだろう…と書くと前年・前々年のコンビの親族の方々に怒られそうだが、この前向きなポジティブな性格というのが、こういう勝負事の世界では重要だと思う。努力しつづける、直向さを維持しつづけるのも一つの才能だからだ。


名局セレクション
これは佐々木慎プロの選局がナイスですね。まだ並べてませんが、必ず並べたいと思います。例の小泉三段の初手58玉です。


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震えの意味 第68期七番勝負第4局 ▲羽生 善治名人?△三浦 弘行八段

第68期七番勝負第4局 ▲羽生 善治名人?△三浦 弘行八段

今、一日目の昼食休憩時間にこれを書き始めた。戦前の注目は、その戦型だった。前局が終わった時点では、こうなったら次も横歩取りで行って欲しいと記した私だったが、実を言えば三浦八段の32金をみて、一手損かと喜んだのは事実。しかし続く44歩を見て、私の喜びは一瞬にして消え去った。ただし、後手一手損と比べると三浦プロの棋風や雰囲気とあっているとは思う。

後手のこの形は簡単にいえば専守防衛であり、先手は飛車先の歩を交換しつつ、角を捌くことが出来て、その後色々な展開はあるものの、特に不満は無い。ただし私も先後両方持ったことはあるが、同じぐらいの棋力でやれば、それなりにどちらもやれる。とはいえ、棋理からして先手が負けることのない勝負であろうと思われ、棋界の頂点を争う場で、先手が(羽生)名人、二日制の長丁場となれば、先手が勝つ可能性が高いのではないか。

これは丁度、前期名人戦、対郷田プロとの最終局で郷田プロが左美濃を用いたときに私が抱いた感想と同じものだった。もしこの左美濃に(羽生)名人が負けるとあっては、現代将棋の進化の全てが否定されることになる。その際はそう思ったのだが、実力伯仲したもの同士の戦いではどこまでいっても一手違い、ぎりぎりの戦いが繰り広げられた。本局もあるいはそのような展開を示すかもしれない。

ただし、現実問題としては、23手目?の棋譜コメントにて「手元のデータベースで検索したところ、現局面は過去に23局指されている。成績は先手16勝、後手5勝(千日手1局、持将棋1局)。」ということだった。戦型的には後手の不利感はあるが、なんといっても、三浦は後手を持って幾つか勝ち越しているようなので、本人にとっては「頼れる相棒」なのだろう。兎に角、後手番時の相棒の一人がやられた今、使うとすれば、この形しかなかったのかもしれない。恐らくこの名人戦前に行なわれた対丸山戦で一手損にて負けていることも多少影響しているような気がした。

この時点で形勢云々というのは無いとしても、スムーズに一歩交換できて、角を手持ちに出来る先手として不満は無い。あとは2日目にどういう展開が待っているか?に注目したいが、四タテの雰囲気が出てきたと正直には思う。(一日目の昼食休憩の感想はここまで)。

ここからは終局後の感想です。

二日目の控え室のプロの見立てはなんと、後手良し。良しといえば大げさだが、三歩打っているし、先手は手持ちだが、後手の歩は全て働くところにあるし、陣形は堅いので後手満足、というものだった。三歩持ってので、何はなくとも先手が勝つべき、という私の素人考えとは違う、正確な形勢判断だと思う。

先手は25歩を通したことに満足してじっと角銀交換に甘んじる。と金を桂馬で取った後手三浦プロに対して、その桂頭を叩く羽生。控え室が推奨する手があり、それが放たれれば、後手が良いとのことだったが、三浦が繰り出したのは最強の77歩だった。控え室の評判も悪くはなく、俄然後手ノリの雰囲気だった。

再度73にと金を作った局面。ここが一つの分かれ目だったかもしれない。二度目の73のと金に対して、後手が飛車を逃げたところで攻守が入れ替わった。先手は、手持ちの歩が多く(序盤のやり取りの結果だ)、25歩が通っているために堅陣であるはずの銀冠が24歩からどう応じても破壊されていくことが確定している。

手抜きで77に成り込んだ後手の三浦プロだが、同金上がるで、形は悪くても、縦横限らず、二枚金は堅い。81手目の84銀も良い手。「積極的に攻めて一発で逆転された!」という紛れの無い手であり、現時点の局面が勝ちなのであれば、その安定度を高める一着だと思う。82手目の予想は、twitter上で幾つかやりとりがあった。幾つか手は見えるが、本譜は、最強ではあるものの、後手が苦しい展開だと思った。

理由としては、63と金、が来るまでに何かしら手にする必要があること、そしてそれは難しそうに見えたことが挙げられる。そこで打たれた23角。この類の手は通常、苦し紛れのことが多いように思う(銀だとまた別で、特に駒得の銀をここに打ち付けるような手があれば相当に良い)が、正直この角の見た目の派手さ具合はあるものの、その後の成果が勝敗を決するような気がしていた。

101手目の57金で先手が良いと思う。そのままゴールするかと思いきや、またもや終盤で羽生がもたつく。素人目にも77に玉を逃げそうなtところで、玉を逃げずに金を上がる。金の頭を歩で叩かれて、それから玉を逃げることでまるまる1枚金を損した。本局何度目かの形勢のもつれを誰もが感じていた。そしてそれを最も感じていたのが後手の三浦プロだった。

このあたりから、両者の手は震え始めたようだ。その姿を見たわけではないが、その意味を中継の盤面しか見えていない将棋ファンの誰もが感じていたことと思う。名人戦という大舞台のタイトル決着の一番というのはその辺で指す将棋とはわけが違うのだ。その場に立ったものしか分からない重圧。第一局で、通常の対局とは全く違う疲れ方をしたという、勝負の間じゅう頭脳をフル回転させて読みを入れているであろう三浦プロ。

今、それら全てが極限に達していることを三浦プロの手の震えが伝えていた。

そこから先の手順の善悪を私は読む気にはなれなかった。既にこれは手の良し悪しを超えた戦いであり、二人の人間の精神力のぶつかり合いになったと考えていた。コンピュータ将棋が如何に強くなろうとも、この三浦プロが我々に与えるような感動を与えてくれる日が来ることはないような気がした。

そうは言っても、手の意味はわかるし、指されれば反応する頭がある。馬を作った後手が急に手厚く見えた局面で羽生が指した17桂馬が三浦プロの読みになかった手で勝負手。正確に応じれば後手が勝ちだったようだが、怪しく迫る羽生名人の前に三浦プロが間違える。このあたりは本当に数手でくるりと形勢が入れ替わったように見え、本当に驚いた。

そして馬を取られて44角が厳しかった。そこから詰ましに行って、詰まずに羽生名人の防衛となったわけだが、他の手を指せばどうだったのだろうか。寄せるのが駄目となれば受ける手。43金と打てば先手は歩を成捨てて金を打つしかなさそうだが、それでは届かないので後手が勝ちそうに素人目には映った。このあたりは専門誌を待ちたい。

即ち、寄せで勝つのではなく、この期に及んで受けて勝つ、というイメージ。怖いところだが、そういう緩急のつけ方、シフトチェンジの仕方、のようなものが三浦プロには欠けているというと言い過ぎだが、なかったようにこの四局を通して思われた。ただし、それ故に熱心に読みを入れる姿や、かたくなに封じ手を拒否?する姿に我々は打たれるものがあったわけだが。

四連敗ではあったが、十分に勝機のある将棋がいくつもあった。そのことは、果たして三浦プロを励ますのだろうか。それともそれでも勝ち切れずに負けたという事実が打ちのめすのだろうか。「私は今でも徐々に強くなっています」と語る三浦プロのことだから前者であってほしいと私は思う。



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アマに不人気な横歩取り、の面白さ 第68期名人戦七番勝負第3局 ▲三浦 弘行八段?△羽生 善治名人

#shogi
棋戦:第68期七番勝負第3局
先手:三浦 弘行八段
後手:羽生 善治名人


三度横歩取り。ファンの口から漏れたのは歓声か溜息か。私が思い出したのは「勝負師と冒険家―常識にとらわれない「問題解決」のヒント」において、羽生がにこやかに「横歩取りは好きな戦法なのですが、勝率が良くないんですよねえ」と語っていたことだった。

横歩取りシリーズになっている今回の名人戦について、片上大輔プロは以下のように述べられている。

「今回の名人戦横歩取りばかりで・・」というファンの声を、僕もよく聞かされることがあります。その裏の意味は「振飛車が見たい」ということなのでしょう。(中略)ひとことで言ってしまえば、人気の違い、ということになるでしょうか。横歩取りは定跡を覚えないといけないことが多すぎる、という向きもありますが、(中略)横歩取りもかなり「セオリー」が解明されてきていて、以前のような「職人芸」の部分は少なくなってきています。プロ公式戦でも、かつては得意にしている棋士の土俵でしたが、いまはそういったこともなくなってきているように思います。

http://blog.goo.ne.jp/shogi-daichan/e/3726c7b528c865ce7eefd3d4bc278f38



私も横歩取りシリーズになったことに対して感激か落胆かといえば後者だ。では何故アマチュアに人気がないのか?というのを考えてみたのだが、それはプロとアマの対局の違いにあると考えている。プロは限られた人数の中で、ある程度のレベル以上の人間が凝縮している世界であり、相手の得意戦法などが知れ渡ってしまう。

個人的には武市三郎先生や、高田尚平先生、或いは田丸昇先生のような異次元殺法を初見で見切るのは容易ではないと思うのだが、プロでは苦戦されている。それに対して、アマは基本的には一期一会な勝負だ。ある程度のレベルになれば、顔合わせする面子が似通ってくるが、大部分のアマにとってはすべての対局が基本的には初手合いであり、相手の棋風をしらないことが多いだろう。

上記を踏まえて考えると、アマチュア棋界というのは中古車における「レモンの法則」と同様の原理が働いていると思う。経済学において、レモン市場、中古車のレモン市場と言われるものがある。これはどういうことかといえば、以下の通りである。長くなるが面白い話なので全文引用する。

レモン市場では、売り手は取引する財の品質をよく知っているが、買い手は財を購入するまでその財の品質を知ることはできない(情報の非対称性が存在する)。そのため、売り手は買い手の無知につけ込んで、悪質な財(レモン)を良質な財と称して販売する危険性が発生するため、買い手は良質な財(として出回っている物)を購入したがらなくなり、結果的に市場に出回る財はレモンばかりになってしまうという問題が発生する。
具体的な例を挙げて説明しよう。いま市場には、高品質の財と低品質の財が、それぞれ半々の割合で存在しているとする。売られている財の品質を熟知している売り手は、高品質の財は300,000ドル以上、低品質の財は100,000ドル以上ならば販売してもよいと考えているとする。
しかし買い手にとっては、売られている財の正しい品質を判断することは困難であるため、買い手は半分の確率で財が低品質であると考える必要がある。そのため買い手にとっての財の価値は、高品質な場合の300,000ドルと低品質な場合の100,000ドルの平均である200,000ドルとなる。したがって、買い手は200,000ドル以上は支払いたくないということになる。
このことを予想する売り手は、200,000ドルより高い財を市場に出すことを諦め、それ以下の財だけが取引されるようになる。これによって、今度は買い手が支払ってもよいとする平均価格も150,000ドルまで低下し、売り手は150,000ドル以上の財を市場に出すことを諦める。
結果、売り手は高品質の財を売ることができず、低品質の財ばかりが市場に出回る結果となり、社会全体の効用が低下してしまう。このような現象は、逆選抜と呼ばれる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%A2%E3%83%B3%E5%B8%82%E5%A0%B4



このような逆選抜が、アマの一定レベル以下の横歩取りにおいては生じていると私は考える。基本的に、対局相手の棋風を知らずに一見同士の戦いとなるために、出会い頭の斬捨てを狙う山賊のような棋風の人たちがアマ棋界には一定数存在する。(対振り飛車右玉を用いる私もそのひとりにカウントされるのだろう)。

横歩などは、そういうハメ手もどきが定跡の分岐点の至る所に存在するので、相手がカリカリに研究している局面、こちらが全くしらない局面へ誘導される恐れがある。

プロや一定レベル以上の棋力がある人であれば別だが、例えば横歩をやりましょうと取った瞬間に、4五角に来られて、そのうちのある特定の筋の研究手を食らったら…。もしくは相横歩取りに来られて…、或いは3三桂馬に来られて…。と考えていくと、既に先手の好む展開ではない。少なくとも、先手としての主導権はなく、後手の言い分を聞く将棋になる。

ハメ手風な将棋を相手にすると勝っても負けても相手の言い分を聞き続ける将棋になるので、その辺りがアマ(の先手)にとって面白みがないと思われる所なのではないか。

先手がそのような考えで横歩取りに臨むと、どういう事になるかというと、普通の横歩取りの将棋にならない。変なところで変化されることがままあり、であれば、局面を限定できる一手損にしましょう、とか、他の戦型を選ぶのではないかと思う。

美しい将棋を、楽しい将棋を、と思っていてもハメ手戦法で来られる。勝ち負けでいえばむしろ有り難い。しかし21世紀の今、何故私はこの45角の死に定跡の筋をこの見知らぬ相手と指さなければいけないのだろうという考えが頭をよぎる。喩えるならば、暗い照明の店で口説いた女が…ハメ手とかけて書こうと思ったが、やめておこう。

プロ将棋のように予定調和的に、ある程度の研究課題局面まで進むのであれば是非指したいと思うのだろうが、そういう状況にあるのはトップアマだけだろう。ということでアマには人気の無い戦法となっているのではないか。


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相当に話が逸れたが、以下第三局の感想。

横歩取り、先手の三浦が選択したのは「将棋世界 2010年 01月号 [雑誌]」の東西勝負における、佐藤天vs稲葉戦で出た局面だった。公式戦ではないのでこちらの将棋の進行をベースにした糸谷vs豊島戦のほうが公式記録として残っている一号局のようだ。

糸谷の上記将棋世界において、糸谷の感想が残されており、曰く「先手は自ら角を交換しないほうが良い」とのこと。本譜は先手の三浦が自ら角交換したので、何らか豊島との間で研究があったのかと推測した。

稲葉が55歩と突いた局面で、羽生は44銀と手を変えた。55歩は手順に二筋に回られる意味があるのが少し気になるところで、2筋に回られて23歩と謝るのも詰まらないので24飛車とぶつけたい。佐藤天プロの感想としてそれでも後手がやれるという話だったが、その進行は狭い局面を突っ込んで研究するのが好きそうな三浦プロの望む展開だったかもしれない。

44銀の意味としては押さえ込みというか、飛車の圧迫だろうか。個人的には封じ手の局面、44銀と出る前の局面の先手の姿は、二つ位を取って大威張りなようだが、後で両方維持するのを苦労しそうな展開のようにも思える。後手の手得vs先手の歩得という勝負である横歩取りにおいて、先手が飛車の移動やら位取りに手を掛け過ぎているような印象がある。その分金銀桂の運用が遅れている気がするのだが、プロが指している将棋なので意味はあるのだろう。

7筋の位を逆襲して飛車の横利きを通して桂馬の飛び場所を確保しようとする後手に対して先手はまた飛車を動かす。郷田vs井上戦でも似たような手があったが、54に角を打つ羽生。44銀と同じような意味合いの角だったが、素人目には勿体無いような印象もある。手の連続性という意味では75歩のほうが普通の気がする。

先手は2筋から攻める。この攻め筋は後手が角を手放したことで成立しやすくなっており、ある意味羽生によって誘われた感もある。通常の相居飛車の将棋において、2筋を破られると言うことは、ほぼ負けとしたものだが、52玉と一手指すだけで安定度が見違えるのが、中原囲いの優秀さだ。銀冠の97、93に上がる手は最終盤に訪れる手だが、この中原囲いの52玉も似たような味がある。これにて勝ち、という手だ。

最近の順位戦ではカニカニ銀児玉先生と金井プロの朝までの死闘で金井プロがこの手を指さずにトン死した将棋(https://contents.nifty.com/member/service/g-way/meijinsen_month/pay/kif/meijinsen/2010/02/02/C2/4606.html)があるが、あれには本当に驚いた。目をつぶっていても52玉、というぐらいに気持ちの良い手で読まなくても指したい。(金井先生は強すぎるから故に形で指さなかったということなので詰まされはしたが、逆に凄みを感じた)。

本局においてはその手が中盤で出た印象で、若干非常手段的。先手の角と後手の金桂香の三枚替えで、後手の二筋は食い破られているが、捌けた、という意味もある。中原囲いの優秀さはこの右と思えば左、左と思えば右という柔軟性にある。盤面を広くみて全ての駒を活用する中原先生の棋風らしさが出ている囲いであり、どちらか一方の端の駒が取られても逆側に玉がいれば、それは即ち「攻め駒が捌けた」という感触がある。逆側の、9筋の香車を角で取ると帰ってこられない、とか普段は働きにくい桂馬や香車を両サイドともに活用できるのが後手の中原囲いの面白さだ。私が対振り飛車で右玉を楽しむのは、玉側の桂馬も攻め駒として使える面白さにあるが、それと似た味が中原囲いにはある。

先手は駒得だが大駒が1枚、しかも押さえ込まれており、攻め手に乏しい。後手は寄せきって勝つ、という将棋ではないので、長くはなりそうだなと私はtwitterで記した。また、長くはなりそうだし、悪くなってからがもう一丁というのが将棋ではあるが、相手が羽生名人では流石に…とも記したが、三浦プロにも、チャンスが訪れたのだから将棋というものは恐ろしい。

前期挑戦を決めた三浦プロだが、A級順位戦において、優勢な将棋を勝ちきった勝利というのは少なく、二転三転の勝負を勝ちきったうえでの挑戦権獲得だった。何しろ、挑戦を決めた最終局自体がそうであり、最後の最後まで負けの将棋だった。本局で訪れるワンチャンスを順位戦同様に活かせるかどうか?に注目した。

本局は終盤寄せ合いになった時点で三浦が盛り返したように見えた。その理由は駒得にあるのではないか。現実問題としての金得というのは大きい。ということは、後手は押さえ込みきって勝つのが安全策だったということであり、しかしそれを許さない手順が先手にあったことを考えると、2筋を破った局面では、流石の三枚換えの効果で実は難しかったということだろう。終盤の最終奥義である52玉が中盤で出ていたこともそれを示しているかもしれない。

先手が馬を引きつけた局面で受け一方の手を後手が指すようでは既に先手に形勢が傾いていると思ったが、その後の進行でまたわからなくなる。それにしても106手目の後手陣の姿は面白い。51に金がいて、玉は54。後手陣に残っている駒は金と香車一枚だ。中座飛車は大抵こういった玉が泳ぐ展開になるのが面白いところ。対振り飛車右玉の泳ぎ方とも一味違い、より大海原まで飛び出すことが多い。一段玉からのスタートであることを考えると面白いが、中原囲いの耐久性が優れていることを示している。

ガンダムというアニメの映画版(恐らくこれ→「ガンダム30thアニバーサリーコレクション 機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編 [2010年7月23日までの期間限定生産] [DVD]」)だったと思うが、ガンダムが敵と戦い、頭や手足がもげ、胸のところにある小型飛行機?のようなものだけで逃げ出し、最後はその飛行機も動かなくなり、主人公だけが宇宙服で外に飛び出すというイメージだろうか。初代ガンダム好きはそういうイメージで是非横歩取りを指して欲しい(無理矢理過ぎるね、これは…)。
 
控え室のプロ棋士がぎりぎり詰まないのではないか?という局面が続く。狭く深く読む三浦にとっては本望の展開だろう。そして途中で詰まないことを確認した三浦は手を渡す。その一歩手前に勝ち筋があったのだが、それは細すぎる小道で三浦は見逃してしまう。

コンピュータ将棋的に言えば、詰将棋ルーチンを発動させていたために、詰まさないで勝つ手順を読めなかった、ということだろう。クラスター化した読みで、詰めと桂馬を取り切る手順の両方を読めればよかったのだが、三浦の棋風・性質からいうと難しかったのかもしれない。

逆に羽生であれば、曲線的に控え室が指摘した手順を読みそうなところだったので、已むを得ずとはいえ、本譜の手順に飛び込んだのは興味深い。意図せずとも本能的に相手の棋風を測っている羽生らしいと思う。この羽生の予知能力?は人間対人間であれば働くセンサーによるものだと思うのだが、果たして対コンピュータ戦ではどうなのだろうか。よく漫画などであるが、コンピュータには雰囲気や気配はないのだろうか。

最後、三浦が手を渡した後は、再び後手の勝ち筋となったようだ。最終手の手前、三浦が負けを覚悟した局面で指された手は先手にその気があればもう一勝負、という危ない手だった。が、三浦は指し継ぐことができず、9まで読まれて投了した。

本局をみて、横歩取り中座飛車について、また指し始めようと思い始めている自分に気づいた。先手番ではレモン問題が解消されない限り難しいが、少なくとも後手番は持つ楽しみをこの名人戦で知ることが出来たような気がする。ここまで来たら、最終局まで横歩取りでお願いしたいところだ。また、三浦プロには一度でいいので封じ手を経験していただきたい。次の挑戦のためにも初体験は次局で済ましておきたいところだ。


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指さない戦型なので購入していなかったのだが、近日中に購入して感想を記そうと考えている。

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Author:将棋観戦
「将棋観戦記」というブログで、プロ棋士の将棋を観戦して思ったことを記しています。棋力はありませんが、将棋観戦の楽しさを一人でも多くの人に知ってもらい、「観る将棋ファン」を増やすために貢献できればと思います。主に順位戦速報・タイトル戦等、ネット中継されている将棋を中心に将棋観戦記を書いています。棋譜・符号はなるべく用いずに、将棋のルールが分からない人でも、将棋の勝負の面白みが伝わるように努力します。

基本的にはリアルタイムでの将棋観戦中に思ったことを書き溜めつつ、対局終了後の感想を付け加えて、将棋対局のあった翌日の朝7時頃にアップされるように将棋観戦記を予約投稿しています。「一日一観戦記」をモットーにしているので、同日にネット中継が重なった場合は、対局の重要度を個人的に評価して観戦記の投稿日を調整しています。

将棋観戦中に書き始め、対局が終了すると思われるところから観戦記を完成させていることが多いです。文章内の形勢判断は個人的主観によるもので、観戦中の控え室のプロの意見を取り入れず、将棋ソフトの解析を行なっていないため、形勢判断が正しくない可能性があります。

また、あまり推敲することなく投稿しているので、観戦記内に誤字脱字、情報の誤りがある場合があります。お気づきの場合はコメント欄にてご指摘いただけると助かります。早急に訂正させていただきます。

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